朝ごはんのあと、本の返却で図書館へ。来週から1カ月余り閉館するので、私の行き場がなくなるではないか。高校、大学は図書館が勉強室だったし、社会人になっても調べ物や考え事をしたい時は図書館だ。編集者は仕事柄、職場のボードに「京橋図書館」と書き入れたら、そこへ行こうが近所の喫茶店へスポーツ新聞を読みに行こうが、咎められない。だから月2の割で足を運び、買うには高価な本を借りまくった。いまもその悪癖は治らない。
帰りに肉屋へ寄って、コロッケを買う。食パンがあるので、炒めた野菜を加えてコロッケサンドにする。総菜コーナーの調理パンより美味しい。当たり前だ、野菜炒めは自分好みの香辛料だし、肉屋のコロッケは揚げたてだから。
昼1時半、横浜の古本屋漂流でみつけた本2冊を携えてマイミクさん経営の中古車店へ。奥様もいたものだから話し込んでしまい、長っ尻になってしまった。居心地がいいと、だらだらしてしまう悪い癖。
ひとの見方に関して、自分のなかに変化が起きている。
たとえば今日の夕刊だ。何か月か前から黒木瞳の連載エッセイが夕刊に載っている。週刊誌で反・好意的な記事の見出しがたびたびあったものだから、なんとなく「高慢ちきのイヤな女」というイメージがあったのだが、エッセイを読むうちにそれは作られた「偶像」ではないか、と思うようになった。いま集中連載されている人物インタビュー、なかにし礼についても「通俗的な歌謡曲を書いていると思ったら、その知名度を活かして作家に転身し、さらに鎌倉に住んでいるのでいつのまにか鎌倉文化人としての地位も築いたお金持」などと勝手に人物像を練り上げていた。が、戦後民主主義と憲法九条を絶対に守りぬかねばならない、そのことを言論活動や詩作を通して訴えていきたい、という「作家」だった。
第1回目(2月2日)、なかにし礼が昨年に発表した詩「平和の申し子たちへ!」が載っていた。
二0一四年七月一日火曜日
集団的自衛権が閣議決定されたこの日
日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣
残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
新宿のライブで朗読したそうだ。
詩集と絵本詩集を相次いで出版したそうだ。
これまで「時には娼婦のように」と「長崎ぶらぶら節」のイメージだけを頼りに通俗な文化人だと思っていた自分のミスを恥じる。
この手の誤解は枚挙にいとまがないほどにあって、週刊誌の中吊り広告とかネットのニュースをちら見していると、本文を読まなくても悪いイメージを抱き、読んだら読んだでさらに非道いイメージを自分のなかで固定してしまう。だからなるたけ品性のない週刊誌の広告やネットニュースを目にしないよう、意図的に目を瞑っているのだが、それでもちょっと気を抜くとネガティブ・キャンペーンが心に侵入してくる。
無料の情報は悪意を煽る、と思っておいたほうがベターかもしれない。
そして、このような負のスパイラルに巻き込まれないように不断の努力をしたい、と思う。さらに、人を簡単に決めつける自分の短絡思考をあらためていかないと、としばしば思うのだ。痴呆になったときのことを考えると、他人に対する刺々しさを出来るだけ少なくしておかないと、手の付けられないジジイになってしまう(~_~)。
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