絵画、伸びる人と、伸びない人の違い、
特にアマチュアの人に多いのが、基礎を軽視し過ぎなところ。子供って、素直なので、基礎が大事って言われると、基礎ばっかりする。それを疑ったりもしない。だが、大人は、効率を考えてしまうので、基礎の重要さを軽視してしまう。鬼滅の刃の無限城編を見ていて、善逸と鬼になった兄弟子との戦いで、善逸は、雷の呼吸の一の型だけ、兄弟子は、一以外の六つの型だけ。つまり、基礎となる1の型を兄弟子は使えなかった。これが、勝敗を分けることになったというエピソード。基礎になる一の型を覚えようとしなかった兄弟子は、効率を求め、応用を求め、技術を学ぼうとばかりする。一見正しいように見えるが、善逸とは、大きな違いがあった。それが、創造性、善逸は、基礎の一の型をベースに、自分独自の型を編み出す。ここがキモ。雷の呼吸、七の型。兄弟子は、全く知らない。そして、対応出来ずに善逸に負けてしまう。ここ、良く考えて欲しい。花の描き方、木の描き方、人の描き方とか、これは、応用の部分。つまり、兄弟子が学んでいた一の型以外の型。けっして軽んじてはいけないが、基礎ができてこそ生きるということ。子供は、本当に楽しそうに、立方体や、円柱のモチーフを描く。大人に、それが出来るのか、ということ。基礎を軽んじて一の型が身に付かなく、結局、鬼になってしまった兄弟子のようにならないように。基礎ができなかったのと、鬼になったことには、関連性があるように思える。目前の利益に目が行き過ぎなんですよ。木の描き方を学べば木を描けると思っている。確かにそれは確か。だが、木以外のモノは、描けない。だが、基礎を学べば、どんなモチーフでも描けるようになる。善逸と兄弟子の対立は、創造の分野では、ありがちな対立であり、勘違いして自滅してしまう人のエピソードなのです。伸びる人は、善逸のようなタイプ。伸びない人は、兄弟子のようなタイプ、とも言えるかな。
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