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2024年04月29日05:10

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針谷哲純歌集『遊走子料理帖』

2024年3月、不識書院刊。「短歌人」および「舟」のお仲間(ただし後者の方は針谷さんは編集委員、僕は一介の購読会員にすぎないのだが)の針谷哲純さんの歌集。すでに2点の歌集を出されているが、どちらも小冊子の序奏=助走のような作品だったので、この歌集が実質的な彼の第一歌集ということになるのではないかと思う。

このたびのこの歌集は小冊子にあらず。1頁に5首、総頁数が300頁を超える大部な作品で、きちんと数えていないけれどおおよそ1500首ほどの歌が収められているだろうという、まことにボリュームたっぷりの一冊である。僕は9年前に『アルゴン』をまとめた時に、ある先達の方から1頁2首がベスト、総歌数も抑えた方が良い、あまりたくさんの歌が並んでいると読者は骨が折れる、という助言をいただいてそれに従ったのだが、針谷さんは全く異なるポリシーでこの歌集を作られたのだろうと思う。

思うに針谷さんは己れという一個の人間がこの時代のこの国(彼は「国」ではなく「國」と書くのだが)にこのように生きた、という記録を短歌作品として子細にわたって遺したい、という思いに駆られたのではないだろうか。仕事の場面の歌、料理を楽しんでいる(というよりは「料理道」という「道」にいそしんでいると言った方が当たっているかも知れない)歌、礼法の習得に励んでいる歌、クラシック音楽に聴き入っている歌、理系の学術界に身を置いている歌などなどが並ぶ。正直に言うと、掲載歌をもう少し絞っても良かったのではないかと思ったのだが、いや、なるべく歌を捨てず多くを遺したいのだ、と彼は考えたのだろう。

「あはれ」よりは「ことわり」に傾く作品群、という印象が読後に残った。もし短歌、俳句と並んで漢詩を作ることがごく普通に行なわれていたら、あるいは針谷さんは漢詩を選んでいたかも知れない

以下『遊走子料理帖』より11首。

はじまりと思へばをはりかもしれぬ色の重ねの果てに白いづ

ディスプレイ三つつなげて一つとし鶴去りゆける列島俯瞰す

社の長の激する声にうなづける一人を除きみなしづかなり

細胞の皮膜が國へつながると知りて國家の廃絶を棄つ

「ブレンドのS」と言ふなり右の手にPASMOを翳すわが定型は

この椅子に止め置かれし物質(マテリア)の再び流れいづる日はいつ

あをと見しとほ山にはや身はありて深山(みやま)のみどりわれは吸ひにき

高きより降りきてわれは地に生ふる櫻古木の洞(うろ)に眠りき

訳さずとカタカナにして「概念の労苦」をとらぬ学者ははぢよ

恋ふる人を抱(いだ)くより優し脇に入る体温計を包む仕草は

玄米に小豆を混ぜて炊き上げて握りて持ちて春に出で立つ


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