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2024年03月28日05:10

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中井守恵の歌(補遺)

「『短歌人』の誌面より」の記事にて中井守恵さんの歌を引いたくだりを3回にわたって再録しましたが(2024.3.19〜21)、そのほかに守恵さんの歌を引いた記事が2点ありましたので以下再録します。

[再録・1]  若き者は老いを思い、そしてそののち・・・

灯台をめざして歩くゆうぐれに海の側からわれら老いゆく  中井守恵

輪郭はぼやけて湯船に沈みゆくもう若くない部類の体   魚住めぐむ

何といふこともあらずき月を拝み地蔵を拝みけふの日終る  酒井佑子

1首目:「短歌人」2009年10月号、2首目:同2013年10月号、3首目:同2014年5月号。

「老いゆく」「もう若くない」という感覚は、若き者に訪れるものらしい。

「若くなくなったあたしたちは/いったいどんな顔をして/行きかえばいいの/いったいどんな顔をして」(中島みゆき「あたし時々おもうの」)という歌があった、などということも思い出す。みゆきさんのこの歌も彼女が40歳ごろの作品だった。40歳というのは、今のこの国の感覚で言えば十分に若い年齢だ。

その先、ああ、いよいよ老いゆく、いよいよ若くない、とひたすら詠い続けることになるのか、と言うと、どうもそうではないらしい。

齢を重ねてこられた酒井佑子さんは、今日一日が終るのを「何といふこともあらずき」と詠む。老いるということは、すなわち暮らすということだ。辞書で「暮らす」を引くと、その冒頭の項に「日が暮れるまでの時間をすごす」という意味が記されている。この意味が「暮らす」の基層なのだろう。

「何といふこともあらずき・・・」は、そのようにして一日を暮らし、人生を暮らす者の境位を詠っている。ある時、酒井さんがこの歌について、つまり暮らすというのは死という生の完成態へ近づくことなのよ、と言われていたことがあった。作者自解というのは、時に、余計な解説のように聞こえてしまうこともあるが、この酒井さんの言葉は、この一首とともに深く僕の身体の中に刻まれている。(2014.10.18)

[再録・2]  死ののちの孤独

僕の筆記器具のキーボードは、ワープロ専用機の頃から「し」と打つと最初に「死」を出すようになった。
今、この記事のタイトルの一字目の「し」を変換したら、最初に「史」が出てきた。たしかに拙詠にやたら「死」の文字を使わなくなったか…とも思う。

死ののちの世界に落ち葉が降り積もりわたしを覆いつくすだろうに  中井守恵

ほんとうの孤独をいつか知るだろう夜の窓辺に咲くヒヤシンス   魚住めぐむ

1首目は角川「短歌」2020年3月号。2首目は「歌壇」2020年5月号。

中井守恵さんの作品は、先日、[2020年の]3月2日の記事にてもご紹介したことがあった。お二人とも連作7首の掲載(中井守恵「火を熾す」、魚住めぐむ「夜の窓辺」)。
連作を構想する時に、最初に置く歌と最後に置く歌は、特に考えるところだろう。上記2首、ともに7首連作のラスト7首目である。

守恵さんの結句末尾「に」は逆接の接続助詞。わたしを覆いつくすだろうに、それなのに今わたしは死の手前にあって…、以下余韻。落ち葉がわたしを覆いつくす。何という安楽だろう、と今の僕は感じてしまうが、守恵さんは僕の次男よりもひとつ若い方で、安楽とは異なるニュアンスでこのフレーズを置かれたのだろう。最弱音の短調のコードで一連が消えるように終ってゆくように感じる。

めぐむさんの初句〜3句は、読者にさまざまな「ほんとうの孤独」を想起させつつ夜の窓辺へ誘うのだが、僕は守恵さんの歌に続くもののように思ってこの歌に触れたので、死ぬ時は孤り、死後も孤り。この世の孤独は相対的なもの、ほんとうの孤独は…というふうに響いてきたフレーズだった。

例えば廃村のあばら家の柱に一匹の蛾が何日も何日も動かずにとまっている。その蛾はほんとうの孤独のうちにあるだろうか。もし、そうだとしたら、ほんとうの孤独というのもなかなかいいものなのではないか。(2020.4.21)


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