六花書林、２０２０年５月刊。
青の会（休会となった短歌人横浜歌会の後継歌会）でお世話になっている一如さんの「初の本格的な歌集」（と自称されるゆえんについてはこの歌集の「あとがき」をごらんください）。お手許に「短歌人」誌をお持ちの方は、直近５月号の「三角點」に一如さんの青の会「“お世話係”二年目の弁」が掲載されていますのであわせてごらんください。青の会の紹介にしてちょっとした歌会論にもなっている文章です。
タイトルの蓬萊橋は、この歌集の初めの方と終りの方にその橋の名を詠んだ歌が１首ずつ配されています。「あとがき」によれば「土淵川という街川に架かる小さな橋だが、故郷・弘前の目抜き通り・土手町にあり、街に出るということはこの橋を渡ることを意味した」そうです。
以下『蓬萊橋』より１２首。
１.雪をはらみ鉛色なる空をみれば気もそぞろなり「おう」と声出づ
２.音のなきことに気づきて外を見れば音をつつみて雪降りしきる
３.雪の夜の明くればあまねく日の差してこどもごころに神をおもへり
４.子は父に抗ふべしとわれ信じこころへだててながく忌みにき
５.物を捨てぬ人なれど母は大方の記憶は捨てて晴れやかに笑む
６.「酔芙蓉」と母に告げたり たまきはる命のきはの花の名あはれ
７.母に告げし最後の花の名前ゆゑわれの記憶の園に咲きをり
８.みづからの影をあかるき黄に染めて銀杏の黄葉（もみぢ）さはにふりつむ
９.わが無知は色即是空を好色の戒めと思ひながくすぎにき
10.どこまでも堕ちてゆきたき日もありぬ『安吾全集』校閲係も
11.「鹽壺忌（しほつぼき）」と名づけ偲ばん車谷長吉が逝きし五月十七日
12.落つる滝「墜つれば堕ちよ」と唱へつつ坂口安吾をわれは思へり
１首目、故郷の幼き日々へいざなう雪の兆しに思わず「おう」と声が出る。作者を知っている読者なら、一如さんの澄んだバリトンの「おう」が聞こえてくるだろう。
２首目、３首目はその回想のシーン、「短歌人」２０２０年３月号掲載。音に気づくのではなく音のないことに気づく。３首目は「短歌人」５月号の同人２・月評の拙稿で引きました。
４首目、よくある父と息子の経緯だろう。僕も一度勘当されかかったことがあった。
５首目〜７首目は父とは異なる母とのかかわりの歌。６首目・７首目は歌集にても隣接している２首。まことにおもいが深い。
８首目は「遊行寺（清浄光寺）」と題された項の１首目。姿かたちの整った歌だ。
９首目、思わずクスッとしてしまった。なるほど色即是空には好色の戒めも含まれているかも知れない。しかし、空即是色に好色の奨めが含まれているかと言えば、それは違うだろう。
10首目、一如さんは某出版社で校閲の仕事をされて来た方で、それを題材とした歌群が収められている。無頼派安吾の堕落論に惹かれつつ、尋常の秩序に留まって校閲という散文的な仕事を続けていると、ふとこんなことを思うのだ。こういう役割もあって世の中は成り立っている。アウトサイダー・アート展に監視役で立っているひとはアウトサイダーではない。
11首目、「鹽壺忌」は『鹽壺の匙』という作品名より。もしこの歌が歌会に出されて、席順でコメントに当ったひとが「くるまたにちょうきち」と読み上げたら、「ちょうきちではありません、ちょうきつです」とすぐさま一如さんのバリトンが聞こえてきそうだ。
12首目、斯くて滝を見ても「堕ちよ」とか思うのである。滝を見る者の平均的な感慨からはややはみ出しているだろう。
この歌集は大きく�機銑犬裡瓦弔離僉璽箸吠�かれていて、�気聾龍燭硫痢↓兇漏�倉を詠んだ歌…というように、テーマ別に編成されています。一読しての僕の感想ですが、この編成はやや題材別にまとめすぎてはいないか、という感が残りました。特に�靴旅傘椶了纏�を詠んだパートなどは、同業者の読者はおもしろく読むかも知れませんが、一般人の読者としては、もう少しあちらこちらに分散させて配置してもよかったのでは？ と思いました。
と言いながら、伊藤冨美代さんの歌集『まはりみち』を紹介した時には、「奈良を詠んだ歌がこの歌集のあちらこちらにある。こういう場合、少し編集力を動員して奈良を詠んだ歌は１箇所か２箇所ぐらいにまとめてはどうか、と思ったりもするが…」と書いたのでした（＊）。まことに矛盾したことを言っているようで、どうしたものかと思うのですが、ベタの編年体にまで戻してしまうのではなく、ほどほどにまとめつつほどほどに分散させる匙加減があらまほしいのではないでしょうか。わたくしの歌集はそうなっているのか？ というのは棚に上げっぱなしにしておきますが。
（＊）
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※なお、ひとつ前の記事（印象に残った歌の記録（３１））の末尾に「付記」を記しましたのでごらんください。
【最近の日記】
［付記あり］印象に残った歌の記録（３１）
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