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2018年05月10日06:23

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柳生じゅん子「産声」

   産 声      柳生じゅん子

アー
はるか遠くからやってきたひとは
眉間にちょっとしわをよせ
(ここだろうか)と 考えているふうだった

アー
闘ってひとりになった畏れの跡を
頬にすり傷のように印して現れたひとは
目をつぶったまま
父親 母親 従兄たち
会ったことのない曽祖父母や
誰か 大切なひとたちの
表情までしてみせた

母親の腕に抱かれると
初めて耳を澄ませたひとは
聞きなじんだ声を探りあてたのか
(ここでいいのだ)と 解ったらしい
口をいっぱいにあけて
アー(生きていく)と 声をあげた

それから小さなくさめをひとつして
出てきたあぶくのようなつばをのみこみ
見守っていたひとたちを笑わせた
他者のその気配にうながされ
再びこぶしを握りしめ顔をまっかにして
力強く アー アー
(生きていく)(生きていく)と
涙をこぼして泣いた

そのたびに少しずつ
赤ん坊の顔になり 安らいでいった
(ここだったのか)と 口をとがらせ
二回ほど 身体を縮めては伸ばしたあと
赤ん坊は
ぐっすりと眠り始めた

(『柳生じゅん子詩集』[土曜美術社出版販売、2017年]「未刊詩篇」より)

※ふと思ったのですが、詩にも“反歌”があり得るなら、「百年後また会へたといふ目をしたりかはいい赤ちやんだねとなでれば」(高澤志帆、「短歌人」2018.4)という一首がこの一篇によく似合いそう…

※※かつて下記の記事にても柳生さんの作品をご紹介しました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945997878&owner_id=20556102
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945966309&owner_id=20556102
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1867994493&owner_id=20556102


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