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2023年08月28日06:46

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酒井佑子の歌(3)

幾たびも幾たびも濯ぎざふきんの終りの清(きよ)をゐやびて終る  (「短歌人」2012年5月号)

・・・酒井さんもまた(〈あらうあらうあらうあらいてあらいてもあらいてもまだ、あらう、洗いぬ。〉[鶴田伊津]と同様に)濯ぎに濯いでいるのだが、こちらはすっきりときれいになった雑巾を敬って終る、という歌。「清」という語、「ゐやびて」という語などが、いかにも酒井さんの歌だなあ、と思う。そうか「ざふきん」か、この旧仮名表記もいいなあ、いつか使ってみたいなあ、などということも思ったのだった。

下りゆきて地下売店の朝々に菓子一つ買ひき忘れざらめや  (「短歌人」2012年7月号)

・・・「地下売店」は病院の中の売店だろう。とすれば、『矩形の空』で詠まれていた入院の日々の回想詠だろうか。「忘れざらめや」(忘れてしまおうではないか)とあえて言われているからには、忘れられない思い出の切片なのだろう。僕も、先日、短期間だが両親がそれぞれ入院した時、院内の売店で飲み物やおにぎりやパンを買ったりした。中学・高校の中の購買部という名の売店には少しだけ市民社会の空気があるように、病棟という閉鎖空間の中にも、売店、喫茶室、理髪店などがあって、そこだけはかすかに世間の風が渡っているように感じる。入院生活も長くなれば、朝の開店の時間に合わせて毎日お菓子一つを買うために地下に下りるというのが、わずかななぐさめの日課となるのだろう。「き」はもはや何の変更もできない絶対の過去なのであって、口語の「た」の文語訳ではない、と酒井さんが歌会で発言されたことがあったが、その通りの「買ひき」の「き」である。

夏まけて古球場の宵野球さびしさよ椎の花匂ひつつ  (「短歌人」2012年8月号)

・・・夏まけては、夏めいて。「古球場」に加えて「宵野球」も古い感じの言い方だが、一首全体からはまさしく“今”の抒情が立ち上がってくる。そこが酒井さんの歌の魅力だろう。椎の花の匂いは栗の花の匂いに似ている。『加爾基(カルキ) 精液(ザーメン) 栗ノ花(クリノハナ)』(←椎名林檎のアルバムのタイトル)の栗の花である。「男のひとは自意識過剰で、すぐにザーメンに結び付けて、こんな語を歌で言うのは品位に欠けるとか言うけれど、そんなことは絶対にありません。あれはとてもいい匂いで私は好きです」と、作者は語っていた。4句は「さびしさよ/椎の」という句割れで、「さびしさよ」というストレートな語が置かれている。こういうのを“投げ込み”というのだそうだ(水曜会での作者自解による)。酒井さんはいろんな技をお持ちで、一首に独特のうねり、しなりのような感じがあらわれる歌が多い。この「さびしさよ」もその一例である。


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