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2019年11月13日20:22

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大曲輪貝塚2 謎の土偶頭部

山崎川の南東岸に位置する
瑞穂公園陸上競技場周辺一帯(約2200平方メートル)からは

フォト

4ヶ所の貝塚を含め、
縄文時代前期から古墳時代〜中世の遺物が出土しており、
大曲輪貝塚(おおぐるわかいづか)と名付けられている。
大曲輪貝塚からは貝塚の他に以下のものが出土している。

・石器(石斧/石鏃etc.)
・土製品(土器/耳環)
・人骨(4体/人骨片)
・甕棺墓群(縄文晩期)
・竪穴住居跡(少なくとも1軒は縄文前期のものと確認された)

出土した遺物の映像はほとんど露出されていないが、
瑞穂公園陸上競技場西側に保存されているスペース脇に掲示されたパネルに
出土遺物の写真が掲載されていた。
その一つが「見つかった土偶(縄文時代前期・後期)」という
キャプションの付いた以下の写真だった。

フォト

一般に土偶の多くが女性の豊満な姿を造形したものとみられているが、
その説には疑義がある。
この4体の土偶と1点の土偶頭部は
破損して部位が損失しているものも含めて、
両腕を両外に伸ばし、乳房が突起しており、
基本的には縄文のヴィーナスと同等の体形を基本にしたものに思える。
(写真左)
しかし、縄文のヴィーナスはアッカドのイシュタル(=イナンナ)像を
省略表現したものとみられ、
そのイシュタルのポーズは
ギルガメシュを色仕掛けで誘惑している姿なのだ。
しかし、土偶を製作した縄文人たちの多くに、
その神話が伝わっていないことから、
「女性の豊満な姿」と解釈して製作したのではないかと思われる。
例えば、上記土偶群写真の左下の土偶の乳房の表現は
明らかにイシュタル像とは異なっており、
製作者が体験的に観た乳房を描写しているように思える。
だから、結果的に土偶の多くを「女性の豊満な姿」と解釈するのは
間違いではないとは言える。
これまで、尾張で出土した土偶の多くは
上記土偶群写真の左上のタイプのものだが、
存在したはずの破損した臀部と脚部は見たことがない。
たまたま、公開されていないだけなのか、実際に存在しないのだろうか。
やはり失くなっているものが多い頭部は
上記土偶群写真下列のように省略表現されたものも多い。
そして、初めて目にした頭部が写真上列中央と右端の
5つ、もしくは4つの小穴を開けた頭部だ。
なぜ、頭部がこうした造形とされたのか。
日本神話で目から子供が化成していることからして、
実在した女性が出産した
子供の人数を示したものである可能性はないだろうか。
上記土偶群写真下列の省略表現された頭の残っている両土偶も、
穴が貫通していないが、左右に穴、もしくは穴の痕跡が残っている。

パネルに掲示されたもう一つの写真が
「見つかった土器のかけら(縄文時代前期)」というキャプションの付いた(写真中)だった。
いずれも、ストロー状の茎、先端の丸い突起物、
ヘラの先に類するものなどで突いて刻まれた模様の装飾された土器片だった。

さらに掲示されていたもう一点のほぼ完全に復元された土器の写真には
「幼児を埋葬した土器(縄文時代前期)」という
キャプションがつけられていた(写真右)。
この甕棺は、外面全体に縄文模様が入っているが、
紋と呼べるような装飾は施されていなかった。
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