まるでホロ雑巾や、
ガラクタのように、
粗末な扱いが、
人生の最後に待ち受けていたら、
使えそうな部品やバッテリーだけ、
ありがたがって、
偽りのやさしさに騙されていたなら、
快く安らぎのうちに次の世界を目指せようか。
今、わたくしたちが幸福だと思うこと、
今、わたくしたちが便利だと思うこと。
それらの繁栄を生み出してきた人たちが、
粗末な扱いのもとに何の感謝もされずに、
捨てられていく現実。
愛に見返りはないから、
求めることはしないけど、
歴史そのものを支えてきた人々への感謝ぐらい
形にして愛が循環するような
社会構造ぐらい作ろうか。
生まれてくるものも、
死にゆくものも、
此の世では一番非力な立場である。
生まれてくるときに愛に包まれていたことを感謝するなら、
旅立ちゆく人たちに、その恩返しの一つぐらいしたいものだ。
「幸福でした」といって旅立っていただきたい、
あなた方がいて今のわたくしたちがある、
今のわたくしたちが育てている未来がやがて時代を支える。
愛は一方通行じゃない、
感謝という心は過去と未来をつないでやまない心、
精一杯生きて、理不尽であったとしても、
意にかなって名声を手にしたとしても、
最後に捨てられるしかない人生は悲しみである、
生きがいとは、人の役に立つこと、
人の幸福を支えること、
支えてもらった人は、
幸福だと思ったなら、
その労苦をねぎらう心を忘れてはいけない、
お互いに支えあうことを理想とするなら、
今だけじゃない、
時間の中に、
支えあっていることも知って、
全てが愛に満ちたものであるような未来を考えたい。
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