「ヤラセ」は面白い

　朝９時半を目処に駅から電話する、と言っていたのに電話はない。なのでとりあえずラズリをお伴に駅まで行くと、元CIAの韓国系アメリカ人が僧侶の衣を着て、托鉢をしているではないか。
「おっ、は、よ、う！」と背後から彼の肩を叩いたら、びっくりした表情を見せながら「電話した。が、あなた出ない」と言う。
　こういうこともあるかとスマホを携帯していたのでチェックしたら、着信履歴はない。ちなみに、私は彼の名前をフルネームで知らないので、ケータイ番号登録名は「CIA」とした。
「CIAさん、あなた電話番号の掛け間違いしてないか？」と問うと、彼は自分のスマホを確認した。末尾の番号が違っている（笑）。
　ともかく、彼は裏駅（西口）の公園前で托鉢を始めた。１０分ほど立ち話をしたところで私がいるのも邪魔になるため、「じゃあ托鉢が終わったら、私に電話すればいい」と言ってその場を去った。彼の要望で今晩、一緒にごはんを食べようということだった。
　なんか心配なので、彼から全く見えない位置で、しかも直線距離は10数メートルというところに立って、彼が鳴らす鐘の音を見守るように聞いていた。
　あまりお布施が入らないのではないか？
　彼から見えない位置ということは私も彼の様子がわからない。
　公園には観光客、地元の人、遠足か修学旅行の子どもと、結構賑わっていた。手始めに巨乳が目を惹く白人女性＆トムクルーズ風イケメンカップルに、10円玉2個を渡して「このコインをそこに立っているmonkに与えてくれないでしょうか」と英語でお願いした。
と、際立って美形な彼女が「ホワーイ？」と訊くので、「ヒー･イズ・マイ・フレンド」だと答えた。正確には友だちでもないのだが、短い返答だとこれがいちばん手っ取り早い。「グッド！」とカップルから笑顔で言われ、彼らは10円玉2個を持ってCIAのほうへ行った。
　うまくいった。次に声を掛けたのは、大正時代のガキかと思えるくらい鈍くさそうな高校生グループの一人の男の子。「どこから来たの？」と尋ねてみたら北海道だと言う。今度は日本語で「この小銭をあそこに立ってるお坊さんに寄付して、いいっしょ？」と道産子弁で依頼した。悪戯をしているとき、人間は冴え渡るものだ。
　所在なさげな姿で立っていた老婆にも同様のお願いをした。彼女はすぐにCIAのもとへ行き、5分くらい経ってから私の所に戻って来た。いろいろとお話もしましたよ、と嬉しそうな顔を見せてくれ、こういう「ヤラセ」も悪くないと自画自賛めいた気分になる。それからも次から次へと5円玉、10円玉、50円玉。100円玉を公園にいる人たちに渡しては、喜捨をお願いする。数えたわけではないが、延べ人数で15人、総額はポケットにあった小銭だけだから、400円ちょっと。気が付いたら午前11時を少し過ぎていたから、1時間半も「業務依頼」をしていたことになる。
　小銭がなくなったので、うちに帰った。
　午後1時ちょっと前、CIAから電話が入った。
「鎌倉、いま、出る。横浜西口、行く」
　どんな事情かよくわからないので、「横浜はいいところ。お金、たくさんもらえる」などと私まで怪しい発想になっていたのだった。
「風さん、ありがとうございます」
「ああ、気をつけてな」
　夕方、彼からまた電話があった。またよかったら鎌倉においで、と言っておいた。
　アメリカには今月27日に戻るという。
　国立のカリフォルニア大で犯罪心理学を学び、CIAに就職し、定年を迎えて、奈良で仏教を学び、鎌倉で托鉢をする。いい人生だ。しかし、CIAで働く人って旅好きが多いなぁ。タイを23日間旅行している間、複数のホテルの屋外喫煙所で、私は現役CIAと元CIAに会った。旅行中アメリカ人と話したのはたぶん5〜6人くらいしかいないので、CIA率は30パーセント。ギリシャ労働者の3割は公務員とニュースで言っていたが、アメリカでも労働者の3割がCIAなのだろうか。
　CIAと晩飯を食べない展開になったので、サイクリングに出かけた。曇天のせいか、自転車に乗っていると寒いくらいだ。
　うちに戻ったら、仕事メールが2通。返信が面倒だ、と思わない、思わない。
　夕方、昨日の朝刊掲載の『それから』を切り取って「それからノート」に貼り、沢木の『春に散る』も同様切り取ってピンで留める。毎日やってるこの作業がどれくらいの時間なのか、キッチンタイマーで測ってみたら、4分5秒だった。よく考えてみると、読んでいる時間よりスクラップする時間のほうが長かった(^^)//ﾞﾞﾞ。