【新築中心の日本の住宅市場は異常】■関連のmixiニュース:傾斜マンション問題で実際に物件確認できる中古の人気高まるhttp://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=3733553 【歪な日本の住宅市場】 先ず次の数字をご覧頂きたい。
「本の表紙を換えても、中身を変えなければダメだ。」(伊東正義、政治家) 尊敬出来る政治家とは、或る意味身を賭して職責を全うするものである。政治不信は最早この国に蔓延してしまっているが、嘗てはこんな政治家も居たのだということをご紹介したい。
「我が鑵子(かんす)の蓋は名人の鋳たるものなり」(長宗我部元親、四国の戦国武将) 長宗我部元親と言えば、四国有数の戦国武将として評されるが、彼は最初からそうだった訳ではない。 土佐(今の高知県)の興亡史を綴った『土佐物語』では、こんな感じで
過激な表現だが、自分が言ったのではない。発言者は韓国の朴槿恵大統領の父・朴正煕大統領である。彼は自国の歴史をこのように自嘲した。 一体なぜ彼はこのように自嘲せざるを得なかったのだろうか?■3つの学問が示す、「日本人のルーツは韓国ではない」と
先日またまた商用で長野県の松本に行った。帰りに諏訪大社を参拝したが、あることに気付いた。諏訪大社の4つの神社は糸魚川−静岡構造線(フォッサマグナ)の上に建っていることである。 諏訪大社は伝承によると、出雲王国のオオクニヌシの息子、タケミナ
「人は『当たり前』で不幸になっている」(斎藤一人、実業家、銀座まるかん社長) 病院の待合室に置かれていた彼の著書の中で、見逃せない言の葉だったので、患者の分際で筆記用具を乞い、書き留めたのだった。どうも書物との出会いだけはとても恵まれている
■戦争の経過■ 学校の教科書では日清戦争の前哨戦と戦端については余り詳しく書かれていないので、少し見たいと思う。 豊島沖海戦の翌日、7月28日、朝鮮王朝の閔妃(みんぴ)から半島に居た大島圭介(おおしまけいすけ)公使に、「牙山(あさん)に
【今も昔も同じ】 ■清国長崎水兵暴行事件■ 明治19(1886)年、8月1日、清国海軍軍艦・「定遠」、「鎮遠」、「済遠」、「威遠」ら北洋艦隊が長崎に入港した。どれも清国の誇る最新鋭の巨大軍艦で、特に「定遠」、「鎮遠」は東洋一の威容を誇る軍
「大将は部下を選ぶ。されどまた部下も大将を選ぶ時がある。」(北条氏康、関東の戦国武将) 氏康は戦国時代の幕を開けた北条早雲の孫、3代目の当主で名将として名高い。特に人の心を行動やセンスから読み取るのが得意だった。それは子どもの時からどうも
「愛」(直江兼続、戦国時代の上杉家の執事) 今宵は座右の銘というよりは、思想を示す言葉に近い。戦国時代、兜の前立てに「愛」と掲げて生きた人物がいた。上杉景勝の執政、直江兼続である。豊臣秀吉も「天下執柄の器量人」と激賞し、一目おかれた。 そ
■壮絶なペリリュー島の戦い 島民を1人残らず避難させた日本兵は近づいてくる米海軍を迎え撃つ準備を整えた。そして昭和19(1944)年、9月12日、ペリリュー島を巡って、日米両軍が激突する。島にたてこもる日本軍は1万500名に対し、寄せ手の
去年、天皇陛下が病気がちなのを圧してパラオ共和国を訪れた。何でも陛下たってのことだったという。自分は右翼でも左翼でないが、庶民として、天皇陛下のご健康を心配している。あのお体でどうしてそこまで拘ったのか、調べてみた。すると、大変興味深いこ