荒井 ――その時、さっと涼しい風が吹いて来たと思うと、静かだったポプラがぐらぐらっと揺れ、シャラシャラシャラシャラ、何百の鈴が一度に鳴りました。何千、何百という鈴でした。そして小石の皆はどこからか不思議な声で、聞き慣れたあの歌を唄うのを聞い

続きを読む

渦野 （靴、手にし）おほ、すばらしい！　第二期症状、正常の理性状態プラス固定観念！　行きましょう不二男さん、そっちの世界へ。謝礼を増しますよ、不二男さんっ。 景色、めらめらと真っ赤に暗く変わり――、どこかで柱時計がまたボーン、と鳴る。と、遠く

続きを読む

駆 どっどうして。江藤 さあな。のれえからだろ。テメエが追いつけねえもんだから、手っ取り早くこっちを鉄パイプやゲバ棒でキメちまおうってのよ。駆 そんなの無視したらいいじゃん！江藤 何だと？ 江藤、ウィリーして駆を振りおとす。駆、転がる。駆 あだだ

続きを読む

稲 はん、（ひとり）どいつもこいつもクルマクルマクルマ…！渦野 ――あ。稲 え？渦野 いやな笑い方した。稲 そう？渦野 それがカッペのお転婆が広域首都で身につけた、都会風のナニですか。稲 うっさいわね。渦野 車のハナシなんかして媚態ふりまき。愛車が

続きを読む

第三場 光の谷 闇。 どこかで柱時計が、十二時を打っている…。 いきなり、恐ろしく明るい冬の空。 と、不二男、ふと目覚め、ぼんやり辺りを見回して――、（音楽 A.Berg "Violinkonzert――Andante-allegretto"）不二男 女萱(メガヤ)の野原の底にいては世界

続きを読む

イワシ連 おおっ！　ざらざらざら、ざっぱーん、どよどよどよ。 その御輿、回転する。運転室、またコール。不二男 はい？マダム ここお、プールなのお。不二男 またあんたか！（切ろうと）マダム 待って。（色っぽく）あなたの熱を、分けて。不二男 お角が違

続きを読む

ベニート 何だおめえ、日本人、喧嘩売ってるのか？ムスタファ （割って入り）この男のペシミズムは持病のリューマチみたいなもんだ、気にしないでくれ。曽根よ、そう卑下したものでもないさ。北京の橋頭堡が崩れれば、ここからカザフまではわずかに一週間で行

続きを読む

稲 （ややはしゃいで）芝居だと思ってんでしょう、あんた、疑い過ぎよ。不二男 それが俺への一番の誤認識だよ。いい加減分かったらどうだい、稲？　いちどだって俺は嫉妬に身を焦がされたことなんかなかった。愛情が嫉妬をともなわないのは異常だろうか？　異

続きを読む

不二男 （開いてあったノート読み）ゴミの平均つかみ量二・五トン、投入間隔約一〇分、一日累計約三四〇トン。四台のガオリンが、四機の焼却炉に、日々実に一三六〇トンの可燃物を投入する。それでも、一都二県の津波的なゴミの襲来に対処するにはあまりにも

続きを読む

那山 汚れたい願望、みたいなものが僕にはあるんです。愚かな願望です。愚かなだけじゃなく、失敬な願望です。誰に対して？　さあ、直接は、徳山先生や、僕の描こうとしてきた、そして実際に描いてきた、半島渡来の人々に対してでしょうか。でも実は彼らの怒

続きを読む

第二場 テンペルホフ 闇。 ゴンゴンゴン、ガシャーン、と闇に響く、重機の唸り。そして、偶然のようにぼうっと照明された高みに、刹那、不二男みえる――。不二男 何かいったか、俺のガオリン。その、雷竜の首よ。滅びなんとする地質時代の残骸よ。江西省景徳

続きを読む

ムスタファ （横たわったまま）起きてるのか。曽根 …ああ。ムスタファ 明日、辛いぞ。曽根 ああ。――ねえ、ムスタファ。ムスタファ ううむ…何だよ？曽根 あんたは何だって、この高原に来たんだ？ムスタファ あん？　今さら何だ。長話はごめんだ。ハイホァ

続きを読む

渦野 仕合わせに田舎で暮らしたまえ。今度は俺の番なのさ、うははははは！ 笑いながら暗転。――風の向こうに、工場の響きのような低いうなりが聞こえ、その空に、ぼんやりと巨きな黒い陰。どうやらそれは起重機である。ひんやりと、暗い煙が降ってくる。段ボ

続きを読む

駆 ――両手にバラ。ふざけろよ、もう。 ラスコリニコフの腕を持ち上げてみると半眼にしてもうぐったりと生気もない。駆、迷うが、ここは急場と先に稲にまたがりたどたどしく心臓マッサージを始める。駆 僕たちにはたったひとつの死に方しか許されていないの

続きを読む