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2015年06月23日10:13

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007 神曲 5/

第二場 テンペルホフ

闇。
ゴンゴンゴン、ガシャーン、と闇に響く、重機の唸り。そして、偶然のようにぼうっと照明された高みに、刹那、不二男みえる――。

不二男 何かいったか、俺のガオリン。その、雷竜の首よ。滅びなんとする地質時代の残骸よ。江西省景徳鎮に現れた、インド亜大陸衝突時の犠牲者。ティベット高原からの脱落者ガオリンサウルスのはるかなる孫よ、宿命(さだめ)知る、龍よ…!

ふたたび闇。機械音、遠ざかる。――急に明転すると、鯨幕張った、にわか拵えの舞台。「なやま しんや独演『とけび譚 植民地一二〇年の真実』」と番組が掲げられ、鳴り物あって柝が入り、スポットに那山。韓国風のだぼだぼスーツにノーネクタイ、おんぼろスツールに腰掛けた、酔っぱらい。

那山 あん? ガキの頃の親父の生業(なりわい)だぁ? おい那山、ケンカ売ってんのかおめえ、いいたくないことだってあるんだぞ俺にもよう。はん、まあいいや。生業はなぁ、いろいろあったよ。まず高利貸だろ。皆川会の舎弟、舎弟のまた舎弟の、そんまた舎弟みたいなもんだったのかな、金貸してたんだ。それからもちろん債権取立な、貸してんだからよ。それでここのクーラーも持ってきたんだ。あっちの更衣室のロッカー、今使ってなくてよ、横にして棚にしてるのあんだろ、あいつもそれで持ってきたつーことよ。それからスチールデスク。そんで、あ、タクシー! タクシーの運ちゃんもやってたな。やってたんだよあの爺さんが。それやりながら金融のほうもやってて、夜、急に帰ってくるんだよ。金がないっ!ていって小銭持っていかれたことがある。あとはうちずっと川崎だっただろ、月世界っていうキャバレーあんじゃねえかでっかいの、そこにいたこともある。そこの紹介で馬主になってよぉ、北海道の馬刺牧場っつうとこの、ムーンライトって馬、月光だよ。そこそこ稼いでた。でも前の女の馬主から買ったときに七歳くらいで、もう終わりなんだよなそろそろ。それが最後のレースに出るとき、左足を痛めてて、左足痛めてる時には左カーブ走っちゃいけないんだな、体重がかかるから。そのレースは右回りだからいい筈だったんだけど、騎手が調教の時にそれやっちゃってよ、だめにしちゃった。仕方ないから売ったけど、あれはいずれ馬肉になったんだろうな。そう、それから脱税で逃げ回ってた。結局、あれだって馬主になったせいなんだよ。調べられたんだね。どこからお前、そんな金持ってきたんだっつって。それでもあの頃だから買えたんだと思うよ、今ならなんかいろいろ証明書だとか出さなきゃダメなんだろうけど。で逃げ回ってた。相当懲りたみたいだよ。結局北の方の組織に頼んで百万渡して、全部名義、抹消したんだ。だから今じゃ親父の名義じゃ何にも残ってねえんだよ。ベンツだけだよ俺の。あれ買うときも俺もちょっとやばかったんで、親父、名義貸してくれっていったら、そん時は、あんちゃん何に使うんだ、よーく考えろよっていったもんだよ八百万元かそこらの金。今でもいうよ、あんちゃん、馬だけは買うなあれは、って。とにかくあぶねえ生活だった。夜寝てると誰かがうちんなかに乗りこんできてよ、緊迫した空気で親父といい争ってるんだよ。そのうち親父が、分かった、俺は逃げも隠れもせんとかいって出ていく。車が遠ざかる。俺はもう、ああこれでもう親父とは会えないんだ、明日の朝には親父は横浜港に浮かんでるんだっておメエ、真面目に思ったね。でとにかく逃げ回って逃げ回ってるうちに伯父さんに世話されて、じゃあうちのビルの地下が空いてるから正義(ちょんうぃ)お前ちょっとやってみないかっていわれたのがこの店だよ。丁度…、あれ、丁度俺とおない年だ、俺今、四十二だから。それで始めたんだよなぁ、昭和四十五年のことよ。それから二十八年。でも、その頃はもう高度成長もそろそろ落ち目でな。親戚やなんかから、焼肉だけはやめろ、あんなのこれからやって行けるわけないんだからって散々いわれたよ。川崎の叔母さんにもね、あんたがそれ始めたらどうせ一族あげて出てきて手伝うようになるんだからって。でも親父はあんな人で何でもすぐ決めちまいたい性分だろ、聞きゃしねえよ。よしやるって二つ返事で始めたよ。開店の日にゃ皆川会の花輪がずらーっと並んで、ここ権藤組のシマだろ、権藤組の真ん中で皆川の花輪だよ、権藤の奴らおっかなくって入ってこられねえんだよ。怖いものなしよ。マネージャーなんか、今のあのひょろひょろのマネージャーとは違うぜ、恰幅のいい…あの、ケンタッキーの前にいる人形なんていうんだっけ、カーネギー? そうそのカーネギーみたいな体格のいい奴にピシッとした格好させて、ハマグリネクタイ。それでこの入り口の脇に立たせとくんだよ。女の子には前にエプロンさせてな。おメエ、焼肉屋だよ? 洋食屋じゃないんだぜ。何にも分かっちゃいないんだよ。それでも板前は活きのいいの引き抜いてきたんだっていってた。でもそいつらに逃げられてあっという間に行き詰まるわけだ。板前ったってお前、みんなここに傷があるような何とかくずれだよ。腕がいいんじゃなくて活きがいいんだから。なにかってえと調理場で喧嘩始めるんだ。ヤロウお前は空手やってたのか、俺は小林寺だとか何とかいって、そんな奴らだよ。あの、トカゲじゃなくってでっかいの…そうワニ、ワニ皮のベルトっていったら当時じゃ大したもんだよ、それを、社長それちょっと貸して下さい、オレ外に用があるっていって出ていって、それっきり帰ってこないんだ。そんな奴らさ。まあそれはあとで示しつけたけどな。え、どうつけた? 居場所が分かったんだよ、何か月かして。やっぱり焼肉屋にいたね。社長出かけていって、そこのオーナーに、実はおれも焼肉屋やってるんだ、ここに上野ってのがいるだろう、あんなの置いといたらどうせいずれあんたんとこでも面倒起こすぜとか何とかいって、その上野…「上野の弟」のキヨシっていうんだ、そいつ引っぱり出して、お前ベルトはずせっつって、一発引っぱたいて帰ってきたよ、ベルト持って。ベルトはいいけど、板前がいない。すぐ逃げちゃうんだから。大晦日、はいご苦労様ってみんな分かれて、新年あけて三日、誰も来ないんだから。正月早々忙しいじゃないか、どうすんだよ。親父はできないよ、包丁なんか触ったこともなくて、ただ鼻息とハッタリでオーナーやってんだから。そこで俺だよ。電話掛かってくるんだ。あんちゃんすぐ出てきてくれって。「どうしたんだよ」「誰も来ない!」…ホールの女の子まで来ないらしいんだな。つまり調理場の奴とできちゃってて、暮で給料出たもんだからそのまんまとんずら決めこんでどっかいっちゃったわけだ。そんなこといったってどうするんだよ俺。十四歳の中学生だぜ。皿洗え!っていわれて一生懸命洗ってたよ。知り合いの川口さんてコックを急遽頼んだんだけど、正月だから夫婦で茨城の大洗に泊まりにいってるっていうんだ。それを親父、人を遣って探しにいかせて、大洗のどこにいるのかも分からないのにだぜ。来てもらったよ。ゆっくり温泉にでもつかってなんて思ってたのに、横浜から呼びにこられちゃ行かんわけにもいかんだろう。かなり無茶よ親父も。その上ひねくれてるから、何だ腕のない奴が来たとか何とかいうんだよ。元日に大洗から来てそのいわれようはないだろうと思うよ誰だって。板前なんかつきゃしないよ。それでどうしたか。まず親父、姉さんをつかったろ。高校出たてで銀行の方の口、泣く子も黙る朝銀川崎の本店よ、ほとんど決まってはいたんだけど、不景気でね、今と同じよ、もう一歩んとこでなかなかうまくいかないんだわ。そしたら親父気が短いから、もういい、て断わってうちで働かせだした。十八だぜ? 遊びたい盛りなのに、夜中の三時までのこの店にはまったらどうなるよ? 姉さんいくら気がいい人だって、ぐれるわけじゃないけど反発したんだな。そしたら…。これは内輪の恥だからいいたくはないんだが、殴る、蹴る、大荒れだよ。あそこの更衣室のなかで、あのでかい手でぶっ飛ばして、もうお岩さんだよまさに、酷いもんだ。それからオモニも店に出た。だけどちっともうまくいかない店じゃないか、すぐ喧嘩だよ。喧嘩なんてもんじゃないさ、今は七十の爺いだけど当時はおメエ、荒くれだしたら止まるもんじゃないんだから。ホールから座敷まで追いかけ回して殴る蹴るよ。――まっこと在日! 典型的な在日の生活! あの頃は、夜中の三時過ぎに帰ってくるオモニの足音が聞こえると、切なかったねぇ、布団のなかで。それでおふくろも出てこなくなって、しょうがなくて伝手で知り合いの女を呼んだんだな。それが分かるかおメエ、親父とできてる女なんだよ。できてる女、店に連れ込んだんだ! 更衣室にしょっちゅう二人で入るんで、俺も変だなあって思ってはいた。そんなことおふくろが気付かないわけないじゃないか。そんで姉さんと二人でその女連れ出して、何よあんた!ってやるわけだ。女はおっかないぜ。ところがそうやって情婦ほっぽり出したのが親父の気に食わなくて、また暴れる。もう修羅場よ。店始めてからも、金融ブローカーの方も続けてやっててよ、取立の電話、店で掛けるんだよ。こっそり隅でなんてんじゃねえんだ。当時あコードレスもないんだからレジで堂々とやるわけよ。客が飯食ってんのに、なんだおめえ今日金持ってくるっていったじゃねえか、いつできるんだええっ、なんて、おい気が気じゃねえよ客は。調理場の奴も呆れて見てて、よくこの店もってるなあっていってたもんだ。実際、やめようって話にもなったことあるんだ。始めて二年ぐらい経った頃かな。親父も自分には向いてないって思ったんだろ。でも結局やめなかった。そのうち俺も高校出て、長男なもんだから大学まで出て、就職の時期になった。口はまあ、あったんだ。だけどさ、姉さんやオモニが苦労してるの見てるだろ。姉さんをずっとあのままおいとくわけにいくかよ。大したこともない企業で営業の使いっぱしりやるよりはいっそ、と思ったんだな、俺がこの店をやればいい。ただしだ。中途半端はご免だぜって親父にいった。俺が仕切っていいならやるってわけだ。親父も構わんていったんだが、最初の頃はうまくいかなかった。調理場に木村の李って奴がいてよ、これがなんだか妙にアボジと気が合うんだ。韓国人だろ、気が短くて大雑把な所とか、やっぱ似てるんだな。二人で調理場やってると凄いぜ。飯なんかしゃもじでぎゅうぎゅう詰めてるからな。まあでも、それが朝鮮料理なのよ。客が、食えるかよこんなのモチじゃねえかこれ、なんていっても、いっぱい食べれば力が出る!とかいって聞きゃしねえんだ。ガキの頃学校に弁当持っていくのに、みんなは薄いアルミの、こうやって横に箸が入る弁当箱なんだけど、俺だけドカベンなんだ。かっこいい弁当箱が欲しいっておふくろにいったら、馬鹿っご飯はいっぱい食べるものだ、てやっぱり同じこといわれた。でもよ、俺ホールやってて、きったねえ盛りのレバ刺とか出てくると、悪くって客に持ってけないのよ。持ってけないほど汚ねえの平気で出すのよ。皿だってその頃は今みたいないかした青磁白磁じゃなくて、ステンの楕円形のやつよ、あの昔ホルモン焼屋でかならず出てきたやつな。親父は断固それを変えないんだ、ステンは一生もんだっていって。でもそれじゃ駄目なんだ、客がそれじゃ随いてこないんだから。時代々々でなんでも変えなきゃ駄目なんだよ。そこがアボジは分からねえ、しかも李の野郎が後押しする。いつか宴会の席で李が、ワタシはねとんひょに、しゃちょサンのためなら死んてもいいて思てるヨ。ばっかやろう、今お前のせいで俺が死にそうなんだってぇの! 俺は思ったね、こいつに嘗められてたらこの店は仕切れない、こいつとやりあおうって。若かったんだな。絶対頭下げねえぞって思ったもんだ。今は違うよ、誰にでもへこへこ頭下げて働いてもらうけどね。でまあ半年くらいすこぶる厳しく当たったら、奴も少しおとなしく話聞くようになってな。腕はある奴なんだ。それからよ、経営者として俺がなんとかさまになりだしたのは。でも親父の体制は今も残ってはいるんだ。うちのハラミ、旨くないだろ。あれだってマシになってきたんだ、前はもっと酷かったんだ。親父はなんでも安いほうへ安いほうへ考えちゃうから、一時はキロ五百元のだぜ、どうやったっておめえ、食いちぎれないんだから。ライオンの餌じゃねえっての。いま巷でハラミは受けてるんだ。それにあの肉はほんとにピンキリなんでいい奴を仕入れて霜降りのおいしいとこを出さないと、遅れをとっちまうんだよ。それが分からねえんだなあ。そんな高い肉使えねえってんだろうけど、ハラミだけで儲けてんじゃないって俺ゃいいたいんだが、第一聞かねえんだもの、そっぽむいちゃって。そこはしかし俺も考えてる。こんどの新メニューには社長好みの安い肉をいっぱい載せたろ、フェイントだよこれが。今に見てやがれってことさ。アボジも少しは分かってきてるみたいだから、まあ、もう少し辛抱してくれよ。実に、中途半端な店だがね、これも人生よ、背負って生きるんだな。――

柝。暗転、拍手、すぐ照明変わり、舞台袖。

後輩1 先輩、凄かったッすよ! むちゃくちゃリアルじゃないすか。凄いッす! いやあ、すッげえなあ!
那山 そうか? そんなことないだろ。
後輩2 先輩ィ! 自分、今日のステージでなんか、見えた感じです。抽象のやりかたって、ウンこうだよなあ。具象に込められた詩情、つまりここが出発点っすね。いいもの見ました。ありがとうございました!
後輩3・4 ありがとうございました!
那山 褒めすぎだよみんな、やめてくれよ。
主催者 (正装してるがどこか崩れて)ああ那山さん! ここにおいででしたか。沸いてますよお、お客! 私もちょいとこう鳥肌が立ちましたわ。まず大成功といっていい部類じゃありませんかね?
那山 そうですか、私にゃ何だか怒号みたいにも聞こえますが…。
主催者 ははは! いえね、ああいう表現しかできんのがわしたち半島もんの性(サガ)でしてな、それでも一応の礼儀は通せてたつもりだったんですが、こう五年かそこらのうちに一時に人口が増えちまうとモウ教育どころじゃないってのが正直なところですわ。まあ、がさつなのはご勘弁ください。内心はみんな、喜んでるんでさあ。
後輩2 先輩、悪かろうはずないじゃないですか。いったいこの一作に何年かけたんです?
那山 いや、一年だよ。
主催者 ほう? 失礼ですがお幾つで?
那山 二十一ですが。
主催者 ブラヴォー! 二十一? その歳にして、何たる人間洞察。バルザックはだしですな! いやあ感服です。
那山 さ、さっさとバラして撤収するぞ。帰って反省会と、明日の準備だ。
後輩2 ハイ。
主催者 いやいやそうは行きません、もう一仕事していただきますよ? 失礼とは思いましたが一席、設けさせてありますからな。
那山 え? そりゃ…話が違いますよ梁(やん)さん、どうか余計な予算使わないで下さい。大事なカンパじゃないすか。せっかく無料公演にしたんですから、こんなところで浪費しないで…。
主催者 ご心配なく! 気のおけねえ僑胞の店で、格安でさあ。それにお分かりでしょうが、わしらぁ根っからのラテン気質でしてな、野性味あふれるおもてなしってのが大好きなんでさあ。
後輩2 (ヒソヒソと)どうします先輩。例の、お膳の足が折れるような歓待って奴ですよ。
那山 そうだなあ…いや、帰るよ。佐藤、適当につきあってやってくれ。
後輩2 先輩、朴念仁だなあ!
那山 何だと?
後輩2 つまりそれって、宴会嫌いなだけじゃないスか。向こうの気持ちも酌んであげなきゃあ。ちゃんとメンツ立ててあげて、そこまでやって一区切りでしょ、今日は?
那山 ちょっと来い。(ヒソヒソと)あのな、会の原則を忘れたのか? 忘れたんならいうけどな、俺たちゃただの同好会だ。好き勝手やってるだけなんで、どう転んだってこの町の連中に感謝なんかされっこないんだ。な? あいつらのプライバシーに入りこんで、観察して、芝居でっち上げて、ハイ自分の芸でございますよって顔してるだけで罪なんだってのが分からないのか? それがまたわざわざ詰まんねえ芸を披露しにくるのは一体何のためだ? 単なる罪ほろぼしっつーか、懺悔ッつーか、いいわけは何でもいいが、とにかく見世物なんかのレヴェルじゃないんだよ俺たちのは。技術も理想も、娯楽の領域まで達してないってことさ。
後輩2 謙遜しすぎじゃないすか?
那山 とにかく! 恥ずかしいんだよ、宴会なんて。こっちが接待しなきゃならん方だろ?
後輩2 はあ…。
主催者 どうです那山さん、那山先生。六時からそこのだるま屋ってことで…。
那山 いえ、ですから梁さん…、
声 いい気なもんだヨ。

間。若い女がいる。

主催者 お前…幸子(へんじゃ)! また、どこから入ってきた。
女 (強い外国語なまりで)入ってきたのはそいつの方じゃないか。わたしら、見たくないヨ、あんな芝居! 人をバカにするの、よくないヨ。みんな怒ってるヨ! 夜中に襲われたくなかったら、とっとと出ていきなヨ!
那山 (目配せして、2に)な? こういうことさ。
主催者 襲う?! 物騒なこというな! ちょっとここへ来いへんじゃ、貴様ただじゃおかんぞ?(胸を取ろうと…)
女 (振り払い)はん! 当たり前さ、タダじゃごめんだヨ!
主催者 バカ、そのタダじゃない。黙れっていってるんだ。
女 黙らないヨ、わたしは黙らない。あいつ、あんなに好き勝手いって、ただ帰る気だヨ。わたしゼッタイ、許せないヨ。この人でなし! 誰が好きで日本(いるぼん)なんか来るもんか。金があるから掻っ払いにきてやったんだヨ。
主催者 おい、失礼だろう!
女 どっちが失礼かっ。舐めてるんだヨ。おいおマエ、大した芸でもないくせに、ノコノコ路地裏まで入って来るんじゃないヨ。笑われるためにわたしたち、来たんじゃないヨ! 
後輩2 (ムッとし)笑うって、それどういうことです?
那山 止せよ。
女 路地裏で悪いか! もう来るな! 世界が違うんだヨ、あたしらとは。血が違うんだヨ! あっははは!(去る)
主催者 こらへんじゃ! 後で見てろよ、おいっ!(地団駄踏んで)く、くそっ、スベタめ! 今度こそ追いだしてやる、この界隈にいられないようにしてやるぞ!――申し訳ありません那山さん、なにせ教育がなってませんで…。
那山 いえ、私はいいんですが、梁さん、追いだすなんてのはなしですよ?
主催者 追いだす。私、そんなこといいました? いや、無論、大丈夫ですとも、まさかそんなね、ハハハ…。
那山 どうか騒ぎを起こさないで下さい。評価は分かりました。多分、彼女のいう通りなんでしょう。
主催者 そんなことは金輪際!
那山 いいんです。(遠く)左目の――
主催者 は?
那山 左の目蓋の上の方に、いつでも何かもやのかかった記憶みたいなものがあって、そこがクリアーにならないものだろうかとね、ずっと以前から気にかけているんです。あのもやが晴れないままだと私はいつまでも、今みたいな訴えに、無為と沈黙でしか接せられないんです。干潟であえいで、そのくせ水に入ろうとしないハゼです。その夜明けの干潟…。河口の光…。
主催者 はあ…。(2に)何、おっしゃってるんです?
後輩2 (ヒソヒソと)行きましょう、ひとりにさせてやって下さい。舞台がはねるといつもこうなんです、悩んじゃって…。
主催者 分かりました、分かりました。しかし何というか、神経的な方ですなあ…?

やがて、ひとり。







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