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2015年06月23日11:53

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007 神曲 13/

駆 どっどうして。
江藤 さあな。のれえからだろ。テメエが追いつけねえもんだから、手っ取り早くこっちを鉄パイプやゲバ棒でキメちまおうってのよ。
駆 そんなの無視したらいいじゃん!
江藤 何だと?

江藤、ウィリーして駆を振りおとす。駆、転がる。

駆 あだだ…あだーっ、ヒ、ヒドイっすよ! 血だ、血がっっ。
江藤 ならガキ、そんなら自分の道(ロード)をよ、守れんのかてめえ、ああっ?
駆 だって、あんな、走りと関係ないし、バカげてるよ…!
江藤 族の組織ってなァもう、でっけえんだ。昼間だろうがウチだろうが殴りこんでくるぜえ? 向こうが無視しちゃァくれねえんだ。いいか、たったひとりでよ、もう街道は走り抜けられやしねえんだ、覚えとけ!
駆 あんただって奴らの同類じゃないかっ。
江藤 (冷たく笑い)それでいいさ。テメエはそうやって、責任転化して泣いてろ。

ボウボウッ!と、瞬く間に去る。

駆 ――ちくしょう、バカ野郎、かっこいいじゃんか…。――あの野郎はいった、黒バラ党とは何のことかと。れんじゅう、俺も含めて頭は悪ィ、だが毎晩走り続けて分かったことがある、バラバラのまんまじゃ早晩、街道は、走りを捨てたやくざな奴らに奪われて一歩も走れなくなっちまうってことだ。こりゃあつまり、ファシズムなんだ。自分だけ関係ないなんてうそぶいてる奴から順番に潰されて、気がついた時にゃあダンゼン、チェック、エスターライヒァー、ナチにナアナアで近づこうとして握手して、まんまと手ぇ食いちぎられたヨーロッパみたいになるぜ。もうバラバラじゃ駄目なんだ、バラの連合を作るんだ、大同同盟して、湘南の夜を守ろうじゃねえか、それが黒バラ党だ! あの頃は――良かった。緊張はあったけど、露地男も、江藤も、ただ暗闇の先に、俺たちの中にしかないぼこっとした穴を見て、取り憑かれたように、とっ込んでいくんだ。墨を流したみたいなつや消しの穴の奥に、炎に彩られた壁が見えると、その壁は世界の果ての滝のようだと、ふたりは口々にいっていた。「駆ゥ!」何だい露地男。「いいか駆、俺たちの方のことばでは穴にはふたつの呼び方がある。穴と」穴と?「穴メドだ」メドって、針の穴の?「そうだ。あの池子の廃棄坑みたいなウスラでっけえ露天掘りならただの穴だ、そして反対に、何者かが一点を目指してまっしぐらに突っ込んでいく、吸いこまれる甲斐のある穴、それを穴メドっていうんだ」その穴を抜けるとどこに行くんだい露地男?「それが知りたくて、駆、俺は走るんだ」でも、虚しくはないのかい? マシンの性能は決まってるし、道だっていつかは終わるんじゃないか、シベリアかパタゴニアの平原でも走れば、見えてくるかもは知れないけどさ、俺なんか箱根より先、行ったことないよ! すると露地男は、醒めるな醒めるな、カウルもない単車で二二〇キロの世界を行くんだぜ、冷たい穴メドをとろかす熱はどうしたって俺たちが持っていくしかないのさ、て、笑うんだ。ああ、黒のやつらともお互い、ケンカはしたよ。抗争というならいったっていい。だけどどこかで俺らは、そいつを楽しんでいたかも知れないっ。黒バラ党に属さず黒の革ジャンに囲まれて夜更けのいざよい街道を駆けぬけてゆく白いシャッツの航跡は誰の目にも鮮やかに映って、ああ、あれは白バラだ、神奈川の浜街道を二分するふたつのバラが縺れながら行く、かつてヨークとランカスターがヒースの野原を二分して徹底的に戦った、あの荒れ地は横浜にもある横須賀にもある、ふたつのバラが、咲く空を求めてもがいてるぜって、道ぞいの不良は歓声をあげて見送ったもんだった! そして――、ある時、露地男がぽつりといったんだ。駆、ゆうべ、紅バラが現れた…って。
渦野 それが、玄未散(ひょん・みさん)、というわけだ。

波の音。そこは、あの突堤。いつか、ボルボに腰掛けて、渦野が話を聞いていた。堤防から竿だして釣りの最中。その鈴がチリリ、と鳴る――。

渦野 いったい君は知ってたのかい? 彼女がどこの何者で、どうやってハマに現れたのか。――知らないんだな。そう、無理もない、この町は一人ひとりをちゃんと理解するには大きすぎるからなあ。君のことを知る者が極端に少ないのと同じで、君もただ彼女をマドンナとして見ていたわけだ。
駆 ひょん、何とかって…?
渦野 本名さ、ラスコの。いや正確には、役場の窓口へは日本語読みで届けてあるんだろうが本来の朝鮮語で読めばみさん、ひょん・みさんになる。
駆 朝鮮語?
渦野 五年前の戦争で朝鮮政府は破産して、今は国連信託統治中国領という過渡的な立場になっている。知ってるか。
駆 大して。
渦野 だが中共にはもう、二千万という余分な人口の食い扶持みてやるゆとりはないのさ。おっと。(引いていた。リール巻く。五センチくらいの、釣れる)ありゃかわいいこと、ヒイラギか。達者に暮らせ、ちゅっ。(放す)
駆 あ、放しちゃうの。
渦野 あれ一匹ばっかり料理できないだろ。
駆 じゃ、何で釣ってるんだ?
渦野 左様、罪深い趣味さ。ま、でかくなってから釣りあげて食やいい。何だっけ?
駆 中国が貧乏だって。
渦野 ああそうそう。埋めよ殖えよじゃないが中国もちょっとやりすぎた。いっくら低開発やったって、人口に歯止めがかからないんじゃ豊かにはならん。みたまえ、内陸部の高原と半砂漠、それに西のイスラム圏、両者が一度に反旗を翻したら、どうだ、あれだけ強硬に主張していた「ひとつの中国」論なんかさっさと撤回して、今じゃ台湾と軍事同盟を結んだろう。ナショナリズムも社会主義もあったもんじゃない、三〇年前なら考えられんことだ。何かが急速に腐ってきちまってるんだ。思いあたることがないかい?
駆 ああ、黒バラ党が挺身会と名を変えて、バラの十字架を日の丸にすげ替えた頃、僕たちの道にも何だかあやしい雰囲気が流れてきやがった。
渦野 君らはたんにグループ同士の抗争だと思ってたかも知れないが、コトはもっとでかい状況とつながっているのさ。いいか、今、戦争が起きてるのは中国だ、中国の内戦だ。それなのになぜ、流れつく難民は朝鮮人なんだ? 横浜っていやあ神戸福岡と並んで華僑社会がきっちり基盤を持ってるところだ。受け入れ態勢もできてただろう。なのに肝心の中華街には大きな混乱がなくて、却ってこんな港湾や裏町の隙間に、あたらしいアパッチ集落ができてきてんのはどういうことだと思う。
駆 でも、ラスコは、ちゃんと日本語で喋ったし、ガッコにも行ってたし、ドンブラコのバタ屋とかとは違うよ?
渦野 だから気がつかなかったんだろ、何で彼女が葉山で爆弾を投げたか。
駆 爆弾?!
渦野 御用邸に向かって、ダビデみたいに手拭いぶん廻しで擲弾、やってのけたんだ。
駆 まさか!
渦野 未遂に終わったから警察もそうしつこくは追わなかったと思われてるが、県警だってバカじゃない。それに所詮子どものやったことだ、完全犯罪ってわけにはいかないさ。ほとんど身元を割られてるところを、国家はなくともなお健在な北の組織が裏で動き、大金流してもみ消したのさ。
駆 そうか、露地男はあの時、直角カーブのとこで血を流してるラスコを拾ったと…。でも、あそこには警察もいるし、通行人だってねえ。
渦野 まあ運も良かったのかも知れないが、しかしその晩、露地男はバイクの調子が悪いっていってなかったか?
駆 確かに。俺としたことが今夜は挺身会に置いてけぼりだって、笑ってた。
渦野 マシンにちょっと細工したのさ。
駆 …いま明かされる驚愕の事実!
渦野 いいか、詳しくいったらその日の時点で奴ら、黒バラだったか挺身会だったか。
駆 ん、たしか丁度、改名するとかしないとか。
渦野 だろ? 奴らの内部じゃぁただ、地元の組に金を入れて身の安全を保障されるのか、独立独歩で強引に通すのかで揉めてたにすぎまい。だが奴らにぁ見えてやしなかったんだ、霧の海で難破した船乗りがコリオリ力を感じないみたいに、自分を巻き込んだメールストロームの大きさが分からないんだ。こういうことだ。政治臭に染まったあの連中が連れていけば、未散(みさん)はすぐに見つかっちまう、ラスコ自身は自分の考えと衝動で決めて、ひとり花火を上げたつもりかも知れねえが、思想的バックってのは必ずいるもんだ。その政治的なドイツかを逃がし、証拠は隠滅、根っからがあの事件はイカレた娘の勝手な跳ねっ返りだったって話にでっちあげるには時間が要る。露地男って奴は政治的には空白だった。ちょっとの間、あいつに連れて逃げててもらうのが一番よかったのさ。誰がラスコと呼び始めたのかは知らんが、「朝鮮」の名が出ないことが組織にゃ必要だったんだ。
駆 露地男は無類のライダーだぜ? とてもそんなゴタゴタと関係してるようには見えなかった…。
渦野 信じるさ、それも一面の真実だ。いいか、戦争はいつだって多重構造なんだ。英雄と戦勝国はイコールかい、違うだろ? 目の前にある戦闘なんか、いってみりゃリアリズムの鼻毛の先みたいなもんさ。そしてしばしば前線に悪者はいない。
駆 そうだ。きったねえ手を使っても、奴らどこか、憎めないんだ。
渦野 それは本当に悪い奴は見えるところに出てこないからさ。
駆 踊らされてたっていうのか。
渦野 たぶん、これからもな。
駆 でも、それじゃ紅バラは…俺たちの、三つ巴のバラ戦争は…!
渦野 バラ戦争? そんなもんがかつてあったと信じこむのは勝手だが、とにかく今はもうかけらも残っちゃいないのさ。君だけが、こだわっちゃってるんだ。手を引くなら今だぜ?
駆 (思い出し)露地男、それで、チームを解くって…。ああ! 頭、おかしくなりそうだ、今夜は帰るよ。
渦野 (呼び止め)駆。――挺身会が、敗者復活戦を目論んでるぜ。俺は奴らの起こす混乱に乗じて、島に入る。
駆 分かった。連絡してくれよ。――ね、渦野さん。
渦野 うん?
駆 渦に、巻きこまれないで生きることはできないのかな…?
渦野 俺は自分から飛びこむ方だからな。
駆 僕も、そうするか。――

駆、よろよろと去る。渦野、腕時計を見て――待つ。波の音、しげく。と、パジャマ姿で、不二男がやってきた。

不二男 (闇を見すかし)ああ、今夜も第四海堡が光っている。…

間。不二男、病院のスリッパそのまま履いて、ただ立っている。渦野、横目で見ているが、また何か掛かったらしくリール巻くと、キツネのマフラーがズルズル上がってくる。あきれて首をひねるが、それを腹話術のようにして――、

渦野 オイ、アンチャン。
不二男 え?
渦野 ――汝(なれ)正路を失ひ、人生の覊旅(きりょ)半(なかば)にあたりてとある暗き林のなかにありき。
不二男 (気づき)…あんたか。
渦野 (なおキツネで)はあ。さっきはどうも。
不二男 どうして俺、こんなところにいるんだろう?
渦野 夢でしょう。
不二男 夢?
渦野 長い長ーい、夢をあなたは見てるんです。…と、たとえばそう思ってみてください。いえね、夜に見る夢のように生きることから逃げなくてもいいんじゃないですか。
不二男 夜に見る夢…っていうと、つまり、普通の夢のことだね。
渦野 ええ。
不二男 比喩のじゃなく。
渦野 そうです。世界はまだどこにもなく/あんたがいて世界ができる/見たものが全てのもの/聞いたことが全てのこと/感じた肌が全ての肌/全てはあんたの中にあり/あんたの外には何もない――。
不二男 しかし、誰だって夢なんか見るだろう?
渦野 そうでしょうか。たとえばこんな証言があったとします。とある悪夢の話題です。(なお、キツネで)『自分はナマコの輪切りと思われる酢の物を食べていた(けっこう美味しかった)がナマコより少し柔らかいようだと疑問に感じよく近くで見てみた。すると、中の黒いプチプチの部分がなんとなく動いているような気がして、ピンセット(なぜかあった!)でビーカーの水に移してみると泳いでいるのだ。形態的には黒い線虫と思ってもらえば分かりやすい。そして、何匹か移し終えこれを観察していると、だんだん変化し、節々ができたり、足がたくさん生えてきたり、中には薄い皮膜のような触覚まで生えてきたのもいた。全体的には見たことのない虫になっていった(色々な種類あり)。それがだんだんビーカーから出てきそうになり、水面から出たと思ったら、なんと、それが意志を持っていたのだ。しかも、全生物を支配してやるというモノスゴイ野望を持っていた。これはまずいと箸でビーカーに叩き落としていくのだけど、どんどん間に合わなくなってきた。仕方なく最後の手段と、僕はそれを火に掛けた。と、いうところで目が覚めてしまったのだが、その時には何匹かは確かに逃げていたはず…。そうすると夢の中の世界ではあの謎の虫との戦いが続いているのではと、背筋がゾーーーと、いう怖い夢でした。いやぁ、怖い夢は何日も引きずるからいやですね。まあ、これを読んで楽しんでもらえればと思いお手紙しました』――磯子区在住の匿名希望さん、二十八歳の男性の方です。
不二男 何だ、そのハナシ!
渦野 ですから、社に寄せられた投書で。
不二男 だから、何の必然のある引用なんだ。
渦野 いえね、この最後の部分に気をつけてください。『そうすると夢の中の世界ではあの謎の虫との戦いが続いているのではと、背筋がゾー』以下省略、この人つまり、もう起きてるんです。起きた自分が、今、自分が抜けでてきた夢の世界がまだどこかで持続していて、そこでブキミな戦いが続いてるといってる。あーた、これがあーたですよ。
不二男 ええ、そうです。
渦野 でしょ? そしてあーた、このことから何となく逃げようとしてるフシがある。
不二男 そうだ…でもどうしてそれ、知ってるんだ。
渦野 私もまた、あーたの夢の登場人物だとしたら?
不二男 え?
渦野 比喩ですよ。いえね、色んなルートで調べはつくんです。たとえばあーた、逆探知されたでしょ、八景島の肉布団に?
不二男 肉布団。そうだっけ、忘れたけど、悪寒がするからそうだったような…。
渦野 そんな方法だってあります。むろん、古式ゆかしく聞き込みだって。
不二男 俺なんかを?
渦野 あんたの抱えてる地獄、見たくてねえ。僭越ながら水先案内をさせてもらいまさ。
不二男 好きにすりゃいいが、かいかぶりだよ。
渦野 とりあえず事実を告げておきましょうか。あんた、今まだ、野戦病院のベッドから移されたばっかりなんですわ。
不二男 どこの病院だって。
渦野 驚きましたなあ、近頃じゃあの露天の坑の集落に開業医までいるんですわ。ジュー先生ジュー先生って、密航者の間じゃよっぽど人格者だと評判でさあ。ま、腕はどうだか知りませんが、あすこが焼け落ちちまってはこれから連中、困るでしょうな。
不二男 何いってるんです。
渦野 (クイと顎で指し)――南の空。
不二男 (見て、驚き)真っ赤だ…! 何だ、あの空は。
渦野 だから火事ですって。煙、たらふく吸ってあんた今、重症でベッドの上にいるんですよ。そのパジャマとスリッパ。
不二男 (初めて気づき)あ、いつの間に。え? いるんですよって、今いるの!
渦野 そう。
不二男 じゃ、この俺は? ここ、いつもの本牧じゃないか。海堡も見える。
渦野 (煙、フーッと吹く)
不二男 …ほんとに夢か。で、俺に何をさせようってんです。
渦野 そう構えないで、ただ普通にしていてくれればいいんです。いわばあなたの無意識の詩情といいますか、そいつに同伴させてもらいたい。
不二男 夢を見ろってか。
渦野 ええ。目を開けてね。さあ、あの澱んだような赤い夜空に、何が見えます。どんなことでも起こり得るんです。幻影に、落ちてゆきましょうよ。
不二男 (凝視して)――手のひらが、
渦野 (驚き)手のひら!
不二男 左の手のひらが、空のはざまに浮いている。(急に、竿の鈴がリリリ…と鳴りだす)
渦野 (見るが、見えず)招いてます?(竿、上げようと)
不二男 いや、俺を、引きずり上げようっていうのか。お前の地獄に。太刀のひらめき、河口のひかり。生と死の刃渡りか、恐ろしい声だ、世界を炎で包もうというか!(異常に)やってみろ、いいともつきあってやるさ、イズーよ!

渦野、グイと竿たてると、あの、稲の靴の片方が上がってくる。

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