mixiユーザー(id:20556102)

2015年12月04日15:37

857 view

印象に残った歌の記録(15)

*以下すべてmixi掲載稿からの抜粋(一部補正あり)です。印象に残った歌の記録(14)は8月31日の日記(※)をごらんください。
(※)http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945606067&owner_id=20556102

亡き父が包丁を手に亡き母を見すえた過去も西瓜の甘さ   倉益 敬

…「短歌人」2015年9月号より。巻頭9月の扉「西瓜を食べながら詠む歌」の「すいか甘いか塩っぱいか」8首の1首目。ただならぬ記憶が呼び出された場面。父が握る包丁は、例えば西瓜を切るためだったのか、あるいはほんとうにあと一歩で母を刺すところだったのか。ともあれ両親の関係は険悪の際にまで至っていた。その時、われはまだ子どもだったのだろうか。遠い過去となればそんな記憶も西瓜のような甘さに包まれる、と詠いおさめて、類を見ぬ西瓜の歌となった。

たれを待つといふにあらねど待ちゐたりオクラの花に月およぶまで   藤本喜久恵

…同前。「待つ」という行為をその最深の域において詠んだ歌。何時何分に何処で待ち合せて…、というようなことを、ふつう、「待つ」と言うが、それはきわめて便宜的な「待つ」であって、真に「待つ」のは何のあてどもないのにただひたすら「待つ」という行為、ないしは境地であろう。例えば祈る者が「待つ」という時、そうした位相での「待つ」があらわれるだろう。そこへ4句〜結句のきれいな景を付けて印象的な一首に仕上げている。

耳立てるじっと見つめる尻尾振る言葉話さぬ犬だから飼う   川前 明

…同前。初句〜3句すべて終止形で切れていて、こういう詠み方はうまくゆかないことが多いが、この歌ではうまく決まっている。飼い犬のしぐさの断片を3つ並べて、かわいいとも何とも言っていないが、われの気持ちはおのずと伝わる。もしこの犬と言葉がかわせたら、かえってわれと犬との関係は浅くなるかも知れない。しかり。言語以前の大海に犬とわれとはいるのである。言語以前の域のなつかしさなどと言うと、歌を詠む人や論文を書く人などは、日頃「言葉」に拠っているがゆえに、そういう発想は後ろ向きだなどと言われることがままあるが、そんなことはない。その大海があってこそ、「言葉」という島は所を得ているのだろう。マルティン・ブーバーの「我−汝」も、先ず、「樹」が「汝」だったのではなかったかと思う。

袖無しをしばらく着ないわたくしの肩に触れずに風はゆくなり   大越 泉

…「短歌人」2015年10月号より。「着ない」と言い「触れず」と言いながら、いわばそれは見せ消ちで、袖無しを着た時に肩に触れてゆく風の感触が伝わる歌。男がノースリーブを着て悪いことはないが、やはりこれは女のひとの歌と思い、男の読者は仄かにエロティックな陶酔感を味わうことになる。この号の大越泉さんの一連は、パラソル、レイバンのサングラス、髪を結ぶなど、ジェンダーないしセクシュアリティにかかわる題材が散りばめられていて、作者の意匠通り(ということになるだろう)ヨロッと惹かれてしまった。

満開のつつじが赤い高原を知らないおばあさんと見ている   田平子

…同前。この一首だけを読むと「知らないおばあさん」って誰? という疑問が残ってしまうだろう。一連の前の方の歌の続きとして味わうべき一首だ。一連6首の3首目は《今日会えば母はわたしを知らないと言うああもう忘れて下さったのだ》、4首目は《母の中にすでにわたしはいない人子という名前無くしたらしい》。そして、ラスト6首目にこの《満開の…》が来る。母にとってわれはもはや知らない人である。それなら、われにとってもこの眼前のお方は「知らないおばあさん」だ。そのひとと並んで、ひととき、きれいな初夏の高原を見ている。そうだ。ここに何の不足があろうか。かつてもしあわせであった。今もこのようにしてしあわせである…、という余韻が静かに伝わる。

デモにゆく電車の窓にデモにゆく人ではなくて「わたし」を映す   大平千賀

ゆるせぬものがあるうつくしさそれもまたまひるに翻る国旗のやうだ   柏木みどり

…同前。国会前のデモや集会に参加したという歌がこの号に何首かあったが、その中で、たまたま同じページに掲載されていたこの2首に注目した。大平さんは、「デモ」というものが「われわれ」の中に「われ」を埋没させ、下手をするとそれを大いなる民衆の連帯であるかのように、ある種の陶酔感を伴って幻視させる力があることをよく知っているのだろう。たしかに今、わたしは「デモにゆく人」だが、電車の窓に映っているのはまるごとの「わたし」だ。今日、これからの時間、「わたし」であることを忘れまい、という思いが伝わる。そして、従来の組織動員ではなく、そのようなあまたの「わたし」が集まったことが、今年のあの一連の行動の新しさだったのだろう、とも思う。

柏木さんの上記の歌のひとつ前の歌は《シュプレヒコールのさなかひとときうつむいて蟬の腹を踏む靴を見てゐる》。そのようにして「わたし」であることを確認しつつ、そのうえで、《ゆるせぬものが…》と詠う。「ゆるせぬもの」、今年の場合はもちろん安保法案だが、そういうとんでもないものが出現したおかげで、「われわれ」はここに美しく連帯して立っているように感じる。が、それは外敵が攻めてきたゆえに国旗のもとに団結する国民の美しさを超えるものではないのではないか。上記の歌の次の歌(が一連のラストの歌だが)は、《わがうちにふかく流るる血脈はけだもの 国といふ物語》。深い思索に支えられた一連だ。60年安保の時、あるいはまた全共闘運動の時、ここまでの深さを湛えた短歌作品はあっただろうか、などということまで思ってしまった。

きみの乗る桜島フェリー岸離れわれ空つぽの港となりぬ   久野茂樹

…読売2015.8.24。「港」は実景としての、そして作者であるわれがきみを見送って立っている港であるとともに、きみの母港であるわれから離れてきみは旅立って行った…、という喩としての港でもある。この喩はよく見かけるもので特段ユニークではないが、それを実景としての港と船出にダブらせたのが新鮮な詠み口と思った。「桜島フェリー」という固有の船便名を出したのがいい。もし、きみという船は出てしまってわれは空っぽの港だ、というふうに比喩だけで通してしまったら、かえってありきたりな一首になってしまっただろう。

いくさ厭(いと)ひ舟傾(かたむ)けて去りゆきし神をしのべり出雲の岬   青戸紫枝

…東京2015.9.13。何らかの神話伝承をふまえて詠まれている歌なのだろう、というところまでしか僕のような読者にはわからない歌なのだが、選者の岡野弘彦さんが次のような評を書かれている。「この神は出雲神話に伝える大国主(おおくにぬし)の長男、事代主(ことしろぬし)の神。みずから舟を踏み傾けて入水自殺した伝えに、この神の無念がしのばれる。」ちょうどあるネット歌会で、ある方のコメント中、余談だが…として、かつて出征することになったその方の親族の男性が、戦争で自らが死ぬことより、他者を殺すことになるのを心底拒んで自殺した、というエピソードを書かれていた時にこの歌が掲載され、この歌をその歌会にて紹介したことがあった。神々の代からわれらはこんなことを思い、行動してきたんだなあ、という思いにとらわれる。折りしも安保法案反対のうねりが高まりつつあった時期に掲載された一首であった。「殺したくない」と訴える現代の若者たちは、事代主の神の裔なのかも知れない。

歳月の月日の日時のいづみあり喉を潤し足を濯ぎぬ   阿部久美

…「短歌人」2015年11月号より。「歳月」「月日」「日時」と単位は細かくなってゆく。それぞれに「いづみ」があって、そこで喉を潤したり足を濯いだりするんだよ、と詠う。いいなあ。何度も口ずさみたくなる一首だ。もし歌会にこの歌が出されたら、あまりに抽象的でよくわからないとかいう評も出そうだ。この抽象が詩であると了解できぬ者は去るべし。

福祉なる文字を入れたる軽のバン森より現れ浜へと下れり   伊地知順一

…同前。初句〜3句は、軽のバンに「社会福祉法人〇〇園」などという文字が書かれているのだろう。何処でもよく見かけるようになったデイサービスの送迎車と思われる。「森」「浜」によって都会地ではないことがわかる。そういう所の方がこうしたバンの走行距離は長いのだろう。この時代の一面をうまく切り取った一首と思った。

かぜをふたてに分けるわたしのにくたいがじつざいをしておはぎ屋の前   鈴木杏龍

そうしきもぎむきょういくもこくみんのきゅうじつもないしおからとんぼ

…同前。「卓上噴水」欄、「がらんどうらんど」20首の2首目と17首目。鈴木杏龍(あんりゅう)さんが初めて短歌人東京歌会に見学ということで参加された時に(その時は「杏龍」ではなくご本名だった)、たまたま僕は記録担当の当番で、おもしろい歌を詠むひとだなあ、と思って「会のたよ里」(「短歌人」誌の歌会報告の欄)に彼女の歌を載せたのだった。その後、杏龍さんの歌はさらに進化を遂げて、独特の文体を獲得するに至っている。「かぜを…」の歌の「にくたい」「じつざい」のかながき、そして「そうしきも…」の歌のオールかながき。その視覚上のおもしろさとともに、杏龍さんの歌はぜひ音読してそのリズムを楽しむべき作品である。おのずとラップ調の韻律が立ち上がるはずだ。僕はひそかに「ラップ短歌」と名付けている。


【最近の日記】
「短歌人」の誌面より(89)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948288883&owner_id=20556102
「老扇風機」のうた
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948238609&owner_id=20556102
12月号「短歌人」掲載歌&エッセイ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948193135&owner_id=20556102
10 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年12月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記