mixiユーザー(id:20556102)

2015年12月01日16:44

702 view

「短歌人」の誌面より(89)

2015年11月号より。

歳月の月日の日時のいづみあり喉を潤し足を濯ぎぬ   阿部久美

…「歳月」「月日」「日時」と単位は細かくなってゆく。それぞれに「いづみ」があって、そこで喉を潤したり足を濯いだりするんだよ、と詠う。いいなあ。何度も口ずさみたくなる一首だ。もし歌会にこの歌が出されたら、あまりに抽象的でよくわからないとかいう評も出そうだ。この抽象が詩であると了解できぬ者は去るべし。

昔われ有尾多毛の生(しやう)にして毛のうちに深く眠りたりけり   酒井佑子

…酒井さんなら初句冒頭の「昔」は「むかし」とかながきにしたいところだろうが、次に「われ」が来るので「昔」にされたのだろう。いわゆる前世というよりは、類の次元での「昔」を思わせる歌。今も、眠りのうちにある時にその「昔」に戻るのかも知れない。

入門書読めば読むだけ門ができ通過できずに悶える歌人   伊庭日出樹

…一読クスッとしちゃう歌だが、クスッとするのは歌詠みに限られるかも知れない。「門」が山積みされて悶えている向きには、恰好の解毒剤として依田仁美さんの「現代短歌出門」という文章をおすすめしたい(『依田仁美の本』北冬舎、所収)。「出門」である。入門書の「門」を消す文章だ。

アンテナの感度鈍つて来たやうで最初の一行まだ書き出せず   屋中京子

…「最初の一行」は何の一行だろう。小説か、エッセイか、手紙か。手紙だとしたら大切なひとへ送る大切な手紙だろう。書き出しさえ決まればあとはなんとか筆が進む、というのは誰しも経験したことがあるだろう。その書き出しをもたらすのは、ある種のひらめき、ある種の感覚。それを「アンテナの感度」と言っているのが言い得ていると思った。

自転車を抱き起こすときつめたさに昨夜(ゆうべ)の風のふかさを知れり   大平千賀

…たっぷりとポエジーを含んだ一首。《白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり》(高野公彦)に続く歌ないしは返歌、と感じた読者も多いのではないだろうか。「つめたい」という形容詞を「つめたさ」という名詞形にしたのが決まっている。

福祉なる文字を入れたる軽のバン森より現れ浜へと下れり   伊地知順一

…初句〜3句は、軽のバンに「社会福祉法人〇〇園」などという文字が書かれているのだろう。何処でもよく見かけるようになったデイサービスの送迎車と思われる。「森」「浜」によって都会地ではないことがわかる。そういう所の方がこうしたバンの走行距離は長いのだろう。この時代の一面をうまく切り取った一首と思った。

かぜをふたてに分けるわたしのにくたいがじつざいをしておはぎ屋の前   鈴木杏龍

そうしきもぎむきょういくもこくみんのきゅうじつもないしおからとんぼ

…「卓上噴水」欄、「がらんどうらんど」20首の2首目と17首目。いつだったかもこの日記に書いたことがあったが、杏龍さんが初めて短歌人東京歌会に見学ということで参加された時に(その時は「杏龍」ではなくご本名だった)、たまたま僕は記録担当の当番で、おもしろい歌を詠むひとだなあ、と思って「会のたよ里」に彼女の歌を載せたのだった。その後、杏龍さんの歌はさらに進化を遂げて、独特の文体を獲得するに至っている。「かぜを…」の歌の「にくたい」「じつざい」のかながき、そして「そうしきも…」の歌のオールかながき。その視覚上のおもしろさとともに、杏龍さんの歌はぜひ音読してそのリズムを楽しむべき作品である。おのずとラップ調の韻律が立ち上がるはずだ。僕はひそかに「ラップ短歌」と名付けている。

夕暮れに雲は散り散りかへりゆく地上にひとり鬼を残して   松野欣幸

…あこがれるものとしての夕暮れの空、そして遥かなる自由者としての雲。それは今、消えてゆこうとしている。後には、この地上にひとりの鬼が残る。すなわち、われである。鬼がその鬼としての本性をあらわにしなければならぬ夜がやってくる。鬼という寂しき者の詠むポエジーの歌だ。

馬に乗って走るの意味の「うぐつく」は消え去れど驟雨の驟である   松木 秀

…学習短歌というか、勉強になります、という歌。「うぐつく」という動詞のある(あるいは「あった」と言うべきか)ことを初めて知った。ネットで検索してみると、万葉集に《矢釣山木立も見えず降りまがふ雪にうぐつく朝(あした)楽しも》(柿本人麻呂[巻3、262])という歌があるそうだ。

消防隊員花火見上げていたりけり美しき休めの姿勢のままに   西川才象

…花火大会の時、万一に備えて消防隊がスタンバイしているのだろう。花火が正しく打ち上げられ、正しく無事に落下し消えてゆくかどうかを見届けるのは、隊員の大事な任務なのであろうが、内心、ああ、綺麗だなあと思って見上げているに違いない。それを「美しき休めの姿勢」という語に託して言っているのがいい感じだ。


【最近の日記】
「老扇風機」のうた
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948238609&owner_id=20556102
12月号「短歌人」掲載歌&エッセイ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948193135&owner_id=20556102
新聞歌壇より(80)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948151766&owner_id=20556102
14 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年12月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記