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2026年08月25日07:40

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河野有里『日本史はいかに物語られてきたか』(新潮選書)を読みました

河野有里『日本史はいかに物語られてきたか』(新潮選書)を読みました。
著者は、法政大学法学部教授であり、ご専門は政治学・政治思想史だそうです。本書は、新潮社の国際情報サイト「フォーサイト」の連載を書籍化しています。
タイトルからビミョーに理解できるかという気もしますが、本書では通史を明らかにするのではなく、個人単位での「史眼」や「史観」を論じています。
発展段階説としてのマルクス主義的な史的唯物論もあれば、いわゆる皇国史観を持った歴史著述者も取り上げられています。「歴史著述者」というのは私の解釈であって本書の表現ではありません。本書ではp.4にて「本職の歴史学者だけでなく、作家や批評家、政治学者や社会学者や人類学者」と表現されています。実に残念ながら、経済学者=エコノミストは入っていないようです。
17章に渡って20人の日本史を物語ってきた歴史著述者が取り上げられています。ただ、第1章が百田尚樹に始まって、最終第17章が平泉澄ですから、皇国史観、というか右派的な史観が示されていると受け止める読者もいそうです。しかし、さすがの皇国史観の提唱者である最終章の平泉澄ですら、万世一系は否定しているわけですから、あまりに非科学的な皇国史観は排除されていると考えた方がいいのかもしれません。男系男子に天皇位が限定されるような皇室典範が改正された現時点で読むのに適した歴史論考だという気がします。
ひとつの流れとして、さすがに皇国史観ではないものの、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史観があり、他方に、その「つくる会」に批判された司馬遼太郎史観があります。でも、司馬遼太郎は章として独立には取り上げられていません。第12章で松本清張とともに一括して着目されています。いずれにせよ、歴史を実証と物語(ナラティブ)の軸と右翼と左翼の軸で分割して論じたp.81の模式図はそれなりに参考になります。
最後に、もう一度、エコノミストが取り上げられていないので、マルクス主義的な唯物史観は本書では批判される一方だった気がして、発展段階説にそれなりの親近感を覚える経済史の理解者としては少し残念でした。加えて、グローバル・ヒストリー全盛の時代にあって、日本史を日本というテリトリーの中だけで語ることの難しさも感じました。

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