馬奈木俊介[編著]『ウェルビーイングの経済学』(中央経済社)を読みました。
編著者は、九州大学大学院工学研究院教授です。本書は、タイトル通りの学術書であり、かなりフォーマルな定量分析に基づいており、一般の読者にはややハードルが高いかもしれません。
本書では、冒頭2章で基礎的なウェルビーイングについて議論した後、農村と都市におけるウェルビーイングの格差、GIS(地理情報システム)を用いた緑化との関係、孤独感からウェルビーイングへの波及経路、不妊治療がウェルビーイングに及ぼす影響、災害被災地域でのウェルビーイングの維持、競争と協調のウェルビーイングへの影響などなどを取り上げています。
ただ、本書を読む上で、もっとも難しいのは「ウェルビーイング」の定義と計測です。特に、本書の場合はチャプターごとの著者が異なっており、しかも、分析対象としているデータも必ずしも統一されていません。データについては、経済開発協力機構(OECD)の Better Life Index (BLI) やギャラップなどの既存データとともに、経済産業研究所(RIETI)が2023年度に実施した独自調査のデータも活用されており、そもそもウェルビーイングの定義がエコノミストの間で強いコンセンサスあるわけでもないことから、読む方も骨が折れます。チャプターごとの著者によっては、主観的なウェルビーイング、満足度、幸福度、などなどさまざまです。
分析の目的によって、ウェルビーイングの定義を変更し、データもいろんなものを使う点は私も理解するのですが、ウェルビーイングをもって beyond GDP の指標となる可能性を追求するのであれば、よりしっかりした定義や計測が必要であることはいうまでもありません。GDPが国連というきわめて大規模な国際機関によってマニュアルが示されている指標である点は忘れるべきではありません。
本書でもいくつかのチャプターでは主観的ウェルビーイング(SWB)を取っていますが、主観的な幸福度や主観的な満足度とどう違うのか、逆に、「主観的」と付すのであれば「客観的」なウェルビーイングな何なのか、についても考えておかねばなりません。フランスにおけるスティグリッツ委員会やOECDのBLIなどがひとつの候補となりますが、おそらく、主観的な幸福度や満足度では国によって差がありすぎるでしょうから国際比較に難が生じるでしょうし、アリストテレス的なエウダイモニア(本書p.139では、「ユーダイモニア」と表記)も少し違う気がしますし、何とも難しいところかもしれません。
本書では、効率を旨とする経済学らしい観点で、GDPは経済成長に基づいており、人的資本と物的な資本ストックの蓄積および生産性向上という名の効率性の強化で計測されてきたと指摘していて、私もその通りかと思いますが、そもそも、ウェルビーイングないし幸福度の定義と計測がある程度のコンセンサスないと、国際比較だけでなく、国内でのウェルビーイングの向上目指した政策も難しくなります。
GDPは付加価値の総計ですから、雇用との関係が深く、私のような雇用を重視するエコノミストからは使いやすい指標ですし、加えて、ベーシックインカムの議論あるとはいえ、雇用や労働はウェルビーイングや幸福度や満足度との関係は無視できません。
もっとも、私自身は定義や計測を先行させるばかりではなく、本書で取られているように、「群盲象を撫でる」がごとき感なきにしもあらずながら、同時に何らかのデータを用いた研究を進めるのは十分理由があることだと思います。だた、俗にいう Garbage In, Garbage Out: GIGO にならないように願うばかりです。
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