斎藤幸平『人新世の「黙示録」』(集英社)を読みました。
著者は経済思想家であり、東京大学大学院総合文化研究所の准教授です。
たぶん、原書はこの日本語版なんだろうと思いますが、なぜか Die Apokalypse im Anthropozän というドイツ語タイトルが表紙に見えます。どうでもいいことながら、私はドイツ語はほとんど解しませんが、「黙示録」について英語なら、Apocalypse を充てる場合も決して少なくはないのですが、Revelation ではないか、という気がします。それとも、Revelation は「ヨハネの黙示録」だけなのでしょうか。
本書の大前提となる見方は、気候変動、というか、気候崩壊により、それほど遠い将来ではなく、人類の文明が物理的に崩壊しかねないリスクがある、という点です。ですので、何としてでも気候崩壊を食い止める必要があり、そのために何をすべきか、どういった考えを改めるべきか、といった議論が展開されています。
私自身は、どちらかというと、本書で批判している加速主義の要素も取り入れた見方をしているもので、その部分は勝手ながら割愛します。ただ、気候変動によって人類文明が崩壊するリスクは、私も十分考慮すべきと思います。
その上で、本書では、著者の従来の主張である脱成長コミュニズムより、もっと強烈な暗黒社会主義の必要性を主張しています。そのための計画経済も当然必要となります。そうでなければ、テクノ資本主義によるファシズムが先頭に立って、一部の選ばれたテックエリートが地球を脱出する、というシナリオが現実味を増す、と結論しています。
ただ、私自身はピケティ教授が『エコロジー社会主義に向けて』(みすず書房)で指摘していたように、100年かそれ以上の長期のスパンで見れば経済社会はいい方向に進んでおり、社会民主主義的な主張が受け入れられ、平等化を目指す政策が幅広く取り入れられている、と考えています。他方で、気候変動を放置すれば文明が崩壊しかねないのも事実です。
本書では、高めの釣り球の直球を投げるように、強烈な主張を提示していると私は感じました。エコ独裁で暗黒社会主義を達成し、一部エリートが地球を見捨てる選民ファシズムを克服するまでの強烈なやり方が、やろうと思えばできなくはないのでしょうが、広く一般市民の合意を形成することができるか、といわれてば疑問に感じます。
逆から見れば、一般市民の合意が形成されなければ、暗黒社会主義におけるエコ独裁はテックエリートの地球脱出と同じになってしまいかねない、と危惧しています。
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