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2026年06月19日14:14

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榎本博明『すぐに「できません」と言う人たち』(PHP新書)を読みました

榎本博明『すぐに「できません」と言う人たち』(PHP新書)を読みました。
著者は、MP人間科学研究所代表だそうですが、これだけではよく判りかねます。ご専門は心理学で、博士の学位もお持ちのようです。
本書では、主として、タイトルの「できません」は職場での発言や態度として考えているようで、私の勤務する大学で学生が示すものはスコープ外なのかもしれません。
本書ではいくつか例が上げられており、興味がないと言って仕事を断る、諦めずに何とかするという気力がない、自分の頭で考えずに、すぐに人に頼ってくる、自分には「できない」と言う権利があると思っている、管理職になるのを避けようとする、キャリアに傷がつくのを恐れ、予防線を張る、好き嫌いを仕事にもち込む、実力不足なのにクリエイティブな仕事しかしたがらない、といった例です。
私は少なくとも多様化した選択肢の中で、仕事を進める上でこういった選択をするのは、十分理由のあることで、そういった選択を自己責任でする限り、職場では許容する必要があるのではないか、という考え方もできると考えています。私が今の立命館大学の前に教員経験がある長崎大学では、教授になるのを嫌がっていた准教授がいたりしました。教授になると学部の役職を引き受けねばならず研究時間が減る、という理由だったと記憶しています。したがって、今の立命館大学で准教授も副学部長をやっているのを知って、私は驚愕したりしました。
ですので、自分の人生でウェルビーイングを向上させるために、そういった選択は可能にするような経済社会の方がむしろ望ましいとすら私は考えています。その意味で、本書は令和の若者に昭和の仕事のやり方を押し付けているような気がして、少し違和感あります。
もうひとつの違和感は、社会的に、あるいは、経済全体で解決するべき課題を個人で解決しようというムリが出ているような気がしてなりません。いつも私が例として引き合いに出すのですが、交通事故を減らそうとすれば、信号を設置して、横断歩道を引いて、速度制限や何やといった規制を導入することで達成できるわけで、個人の努力だけで交通安全が達成できると考えるのは、私は楽観的に過ぎると見なしています。本書は経済社会全体の変化を企業の管理職が個人で何とかしようと努力する方向を指し示しているような気がしてなりません。
ただ、1点だけ私が同意したいと思うのは、自分から見た主観的な自分自身の能力と客観的な能力のギャップの存在なのですが、それは今に始まったことではありません。昔から「夜郎自大」という言葉もあるように、自分自身の能力は客観的な評価よりも過大評価してしまうものではないでしょうか。

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