星岳雄・松島斉[編著]『日本経済 信頼からの再生』(日本経済新聞出版)を読みました。
編著者は、2人とも東京大学経済学部教授です。本書は、三井住友信託銀行の委託研究「社会的共通資本と信託」の成果を取りまとめているようです。委託研究のタイトルから想像される通り、故宇沢弘文教授による『社会的共通資本』や『自動車の社会的費用』(いずれも岩波新書)などから議論を展開・拡張させています。
序章と終章を別にして3部構成となっており、第1部で自然環境に着目して気候変動や森林などを取り上げ、第2部では社会インフラとして都市や暗号資産を取り上げ、第3部で制度として医療、教育、金融に焦点を当てています。
詳細は読んでみてのお楽しみなのですが、第3部に着目したいと思います。いつもの私の主張ですが、市場に商品として供給され、価格による効率的に配分される通常財だけで世界が成り立っているわけではありませんから、医療をはじめとする社会保障あるいは教育については、一定のコントロールを受けた価格により、何らかの社会的必要に応じて供給されることが重要です。
典型的には、医療では保険制度が日本では導入され、医療費全額を患者が負担することなく、保険や公費で賄われている部分があります。高額医療だけでなく一般医療も価格に対する制限があり、薬についても保険調剤であれば、需給に基づく自由な価格設定という形にはなっていません。
教育についても同様であり、高い購買力を持つ者に高度な教育が提供されるわけではなく、義務教育は憲法の定めにより無償で、義務教育でなくても中等教育の範囲の高校もかなり無償に近いような形で提供され、高等教育である大学については、一定、教育を受ける準備が整っていると試験などで判断された学生に対して提供されています。国公立大学は言うに及ばず、私が勤務する私大に対しても、以前からものすごく減少したとはいえ、一定程度の公費負担がなされています。
こういった形の市場における価格付けに基づかない財やサービスの提供を、ピケティ教授が脱商品化と呼んでいるのだろうと私は解釈しています。そして、こういった市場の価格付けに基づかない供給の増加はコモンの拡大と称されるものなのであろうと私は考えています。ただ、本書では、第6章p.195で日本の医療について、「世界でも類を見ない自由放任主義的な体制」と評価している点は付け加えておきたいと思います。さらなる脱商品化の余地が大きいという主張です。他方で、教育については、本書では第7章p.219以下でコモンズとしての公教育の可能性を議論していたりもします。
最後に、本書は当然に日本を前提にしていますから、「信託」はtrustであり、custodianではありません。custodianは枯渇性資源、典型的には石油や鉱物資源といったいわゆる天然資源の管理、特に、途上国での経済発展にどのように天然資源を用いるべきか、といった視点を提供します。英国オックスフォード大学のコリアー教授などが提唱しています。私のような開発経済学にも興味あるエコノミストとしては、本書のスコープ外とはいえ、そういったcustodianの信託という視点もどこかで言及してほしかった気がしています。
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