唐沢かおり『「気が利く」とはどういうことか』(ちくま新書)を読みました。
著者は、東京大学大学院人文社会系研究科教授であり、ご専門は社会的認知だそうです。
タイトルになっている「気が利く」というのは振る舞い方と見られ方に関してであり、他者が望むこと、他者が嬉しく思うことに応答する、また、他者がどう解釈するかに関する自分の評価、だそうで、判りにくいのですが、要するに、他者に配慮した行動や言動であり、もっと重要な点は、学んで学習できるスキルである、ということです。
「気が利く」と他者との円滑な人間関係を築くことができるのですが、本書ではその弊害も同時に指摘していて、何ごとも「過ぎたるは及ばざるが如し」といえます。気が利くように思われようとし過ぎると、逆に、自分で心をすり減らして精神的に参ってしまったり、他者から見透かされて逆効果だったり、あるいは、私のような教員からすれば、他者を助けすぎて過保護に陥って成長を妨げたりする可能性もあると指摘しています。
ですので、気が利くというのは決して万能ではなく、ネガな面もあることを意識すべき、という結論です。当然、不適切な配慮というのもありえます。ですから、「気が利く」を学ぶハウツー本をひも解く前に、その基礎的な理論を解明するため、こういった心理学のきちんとした本を読んでおくのも重要だという気がします。
私の専門である経済学では、アダム・スミスのいうところの「見えざる手」が人々の利己的な経済活動を調整します。ですから、「我々が食事を手に入れられるのは、肉屋や酒屋やパン屋の慈悲心のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」として、市場における価格付けによる分散的な資源配分が実現されることを示しました。他者からどう見られるか、どう思われるか、ではなく、自分の利益を考えれば経済活動は見えざる手で調和が図られる、「気が利く」必要はない、ということになります。
最後の最後にどうでもいい点がら、有名なナイロンストッキングの評価に関する心理学実験の論文が本書でも引用されていて、「ニスベットの論文」とされています。私はこの論文を読んだことがあるのですが、ウィルソンとニスベットの共著論文です。しかも、ファースト・オーサーはウィルソンであったと記憶しています。でも、なぜか、本書に限らず、いつも「ニスベットの論文」として言及されるケースが多いような気がします。謎です。
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