話題の『侍タイムスリッパー』を平日、朝一番の回で観て来た。当然、高齢者ばかりだが、思いのほか席が埋まっていて、人気の高さが伺えた。わずか一館の劇場から公開がスタートし、SNSなどで「面白い!」「感動した!!」という評価が広まって、たちまち、全国100館に拡大。すでに上映館は140館を超え、来週から上映開始するシネコンもあると聞く。正に、『カメラを止めるな!』(2017年)を彷彿とさせる珍しい展開だ。ただし、予算300万円という低予算で制作した「本物の自主製作映画」である『カメラを止めるな!』と異なり、『侍タイムスリッパー』は助成金と監督自身の貯金を合わせて制作費2700万円を投じている。時代劇映画を一本撮ると普通、2憶円くらいかかるそうだ。2700万円ではやはり、満足なものを撮るのは難しいだろう。ところが、「低予算で作った時代劇」という先入観はすぐに打ち砕かれる。脚本を読んで感銘を受けた東映京都撮影所はじめ、時代劇作りのプロ達の全面協力を得られたおかげで、映像のクオリティは桁違いだ。
注目すべきは、主人公の会津藩士・高坂新左衛門を演じた山口馬木也が全身から漂わせる「本物の侍」感。これが凄い。古風な面構え、純真で朴訥な会津武士を見事に体現している。新左衛門が抜刀した後がこれまた素晴らしい。どっしりと構えた正眼。両腕は身体よりわずかに浮かせ、手首はやわらかく、やや内側に絞っている。切っ先は若干、右に傾けた完璧な構えだ。素人がにわかに教えられても、なかなか出来るものではない。気になって調べてみると、やはり、剣道有段者であった。山口馬木也の圧倒的な存在感が「現代にタイムスリップしてきた侍」という設定に豊かなリアリティを生んでいる。
【物語】 幕末の京都。会津藩士・高坂新左衛門は家老より「長州藩士・山形彦九郎を斬れ」と直々の命を受け、小太りで丸顔の同輩・村上左之介と西経寺門外の闇に潜んでいた。新選組ばかりに活躍させていては会津藩として面子が立たないというのが理由だった。寺の門が開き、提灯を下げた山形彦九郎が現れると、血気にはやった村上左之介は抜刀して飛び出して行ったが、山形は大刀の束頭で強烈な当身を食らわし、村上は昏倒。高坂に向かって「名を名乗れ」と言いながら、羽織を脱ぎ捨てた山形は静かに抜刀する。予想外に腕の立つ山形に驚きつつ、高坂も抜刀。二大刀、三大刀激しく斬り結ぶが、腕はほぼ互角。やがて、雷雨が降り始めた。雨に打たれながら高坂は瞬きもせずに山形との間合いを詰め、八双から大上段に振りかぶって、正に斬撃せんとする瞬間、雷に打たれてしまう。気絶して倒れた高坂が目を覚ますと、そこは江戸の町の路地裏だった。「京にいたはずなのに、どうして江戸に?」 いぶかしむ高坂が大通りに出てみると、そこには多くの町人が往来していた。「相すまぬが、ここはどこであろうか?」 高坂が道を行く町人達に丁寧に尋ねるが、町人たちは困惑した表情を向けながら、通り過ぎて行く。天秤棒で魚を売り歩く行商人から品物を求めようとしている女性を見つけ、近寄って再び尋ねるが、行商人は小声で何かをささやきながら、高坂にしゃがむように促す。行商人の桶に並ぶ魚を見て、高坂は驚いた。それは作り物の魚で、手にとって裏返すと片側には何もなかった。いったい、これはどうしたことか? しばらくすると、通りの向こうで騒ぎが起き、数人の侍が旅姿の若い女性にちょっかいを出している。高坂が「これは見逃すわけにはいかぬ」と止めに向かうと、いち早く、一人の浪人が侍たちの狼藉を止めに入り、「拙者は、心配無用之介。江戸の町はびこる悪を見逃すことはできない」と名乗った。呆然と成り行きを見ていると、心配無用の介の活躍で事態は収拾。高坂が安心して立ち去ろうとすると、往来を行く町人たちが先ほどと同じ動きをはじめた。啞然とする高坂の背後で、先ほどの侍達が再び、旅姿の若い女性に絡んで騒ぎが起き、そこへまた、心配無用之介が登場。「おのれ、何度も懲りない輩ども」と高坂は前に出ると「心配無用之介殿でござるな。助太刀いたす!」と抜刀した。高坂に気圧され、あわてる侍達。心配無用之介も目を白黒させて、驚いている。「カット!!! 何やっているんだ!?」と怒鳴りながら監督が高坂の前に出ると、高坂の構える大刀を台本ではらった。わけがわからず立ち尽くす高坂。彼は雷に打たれたことで、現代の京都撮影所にタイムスリップしてしまったのだった・・・。
タイムスリップをテーマにした映画は多い。現代人が侍の時代に飛ばされたり、侍が現代に飛ばされたり、「男女の入れ替わり」同様、すでに定番のジャンルになっている。そこで多用されるのが、現代人が現代の知識や技術で過去に大きな影響を与えたり、侍が現代の風俗習慣や機器に驚く様をコミカルに描くことだ。『侍タイムスリッパー』がそれらと趣きを異にしているのは、第一に主人公・高坂新左衛門が驚くのは家屋の形状や人々の服装、道を行く自動車、TVなどの機器そのものに対してではなく、主に京都撮影所内の出来事やTVの時代劇ドラマの内容だという点にある。タイムスリップして来た侍が最新の電化製品や電子機器に驚く様を面白おかしく描写することを脚本が意図しておらず、あくまでも「当時を知る侍の目から見た『時代劇』に対する真摯な反応」に限定されている。
第二は、タイムスリップして来た侍が現代に順応して、ある意味、「現代人になってしまう」のではなく、あくまでも「侍であるという矜持」を最後まで捨てないことだ。このため、本作を単に「SFコメディー」と呼ぶのはためらわれる。タイムスリップものだし、コミカルな要素に笑ってホロリとさせられるが、同時に立派な「時代劇」になっていると思う。
この先、少しネタバレをしますので、未見の方はご注意ください。
京都撮影所で、他の時代劇作品に出演する大部屋俳優に間違われた高坂新左衛門は、現代の京都の町を彷徨ううちに商店街のシャッターに貼られた「黒船来航」のポスターを目にする。そして、徳川幕府が140年前に滅亡したことを知った。幕府と会津藩のために京の討幕勢力と戦って来たことの全ては無駄だった。失意のまま歩き続けるうちに、いつの間にかタイムスリップする直前、山形彦九郎と斬り結んだ西経寺の前に辿り着き、激しい雨の中、座り込んでしまう。翌朝、住職に発見され、ちょんまげ姿であることから京都撮影所に出入りする俳優と勘違いした住職は顔なじみの助監督・山本優子に連絡する。撮影所で頭を強打したことで一時的に記憶喪失になったものと判断され、記憶が戻るまで寺に住み込み、雑務を担当することになる。ある時、住職夫妻と例の時代劇ドラマ『心配無用之介』を観て、高坂は大いに感動。助監督の優子の仕事の素晴らしさに感銘を受ける。この時、ドラマの展開に一喜一憂、ハッピーエンドに涙する高坂の姿から、彼が純真で誠実な人物であることが伝わる。
住職夫妻とデザートのショートケーキを食べた高坂はあまりの美味しさに「この菓子は相当に高価なものなのでしょうな」と感心するが、住職夫妻からどこでも普通に買えるものだと聞き、驚く。そして、「わが日の本はこのような高価な菓子が誰でも食べられる、豊かな国になったのでござるな」と涙を流す。高坂達佐幕派がただ、侍の世を維持するために戦っていたのではなく、彼らなりに真摯に国の発展や人々の幸せを考えていたことがわかる重要なエピソードだ。
西経寺でのロケ時、突然、体調不良に陥った新選組隊士の代役を務め、高坂は「斬られ役」を見事に果たす。殺陣師の関本(峰蘭太郎)から激賞され、「事故によって現代の京にやって来た自分にできる唯一の仕事が『斬られ役』だ」と高坂は確信する。そして、住職の口添えを得て、助監督の優子から殺陣師の関本に弟子入りしたい旨、伝えてもらう。高坂の堅い意志を聞かされた関本は、彼に木刀を渡し、殺陣の「手(段取り)」を教えると、高坂に「斬られ方」を指南するのだが、何度やっても、反対に高坂に斬られてしまう。関本もプロの殺陣師だけに、自分が斬られる時に必ず「あぁ〜」「うぅ!」とリアクションをするのが面白く、最後は「なんでや!!」と高坂にツッコんでいた。この立ち回りシークエンスがおかしくて、声を出して笑ってしまった。本編中、客席が一番盛り上がったのはこの関本と高坂のシーンだった。
本物の侍ゆえに、その佇まいから、鋭い眼光、操刀術は圧倒的な個性と存在感を誇っていたが、さらに「軽い竹光を重い本身(真剣)に見せるための工夫」まで考案し、監督や殺陣師から認められるようになった。「斬られ役」として、もともと天賦の才があったのだろう。主役からは「ありがとう。気持ち良く斬れたよ」と感謝される。メキメキと頭角を現し、あちこちの作品から引っ張りだこの売れっ子に成長した。そして、ある日、超大物俳優・風見恭一郎(冨家ノリマサ)が10年ぶりに時代劇に復帰して、相手役に高坂を直接指名。演劇部から応接室に向かうよう指示されると、そこには復帰作『最後の武士』のプロデューサーと風見恭一郎本人が待っていた。プロデューサーが演劇部に高坂のスケジュール確認に向かった後、高坂は「お話は誠にありがたいのですが、荷が勝ちすぎるお役目。私はただの『斬られ役』でございます」と固辞する。すると、風見恭一郎は思いがけないことを口にした。「この役は貴殿でなくては務まらぬのだ。わからぬか? 拙者はあの時、貴殿と斬り合った山形彦九郎でござる」 あの時、山形も一緒に雷に打たれたが、彼は高坂より30年前の京都撮影所にタイムスリップしていたのだった。そして、エキストラに間違えられてロケ弁当をもらい、高坂と同じように「斬られ役」としてスタート。「時代劇に風見恭一郎あり」と言われるほどの大スターにのし上がっていたのだ。
現代にタイムスリップして来た高坂新左衛門が「斬られ役」として名を成して行く成功物語なのかと思いきや、宿敵の山形彦九郎もまたタイムスリップしていたことが判明してから、物語は予想外の方向に舵を切る。山形彦九郎改め風見恭一郎はなぜ、10年前に時代劇を捨てたのか? また、一度は時代劇を捨てたはずの彼がなぜ、時代劇に復帰して高坂新左衛門を相手役に指名したのか? そして、配られた台本の追加稿で高坂が知った、会津戦争で同胞達が辿った苛酷な運命とは・・・。ここからの展開こそ、『侍タイムスリッパー』がSFコメディーではなく、その本質は異色の時代劇であることを証明している。何度も繰り返し観てみたくなる「笑って泣ける快作」だと思う。
エンドロールの一行目に、「in memory of Seizo Fukumoto」と出て、全てに合点が行った。福本清三さんは「斬られ役一筋50年」「5万回斬られた男」として有名な、日本一の「斬られ役」である。彼は斬られたあとに海老のように反り返り、カメラに顔を見せる独特の倒れ方を得意としている。斬られ役となった高坂が一度だけ、福本さんばりに反り返って倒れるシーンがあり、「あ!」と思った。「斬られ役」が物語の重要な要素である以上、福本さんへのリスペクトがあるのは自然だろう。本来、殺陣師・関本の役は福本さんが演じる予定だったところ惜しくも逝去されたため、同じ「東映剣会」の峰蘭太郎さんが替わりに務められたそうだ。
◆関連日記
「侍タイムスリッパー」パンフを入手
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◆福本清三さん関連の過去日記
「 太秦ライムライト 」を観た
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「 5万回斬られた男 」福本清三氏逝去
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