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2024年03月24日22:01

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本棚615『たましひの薄衣』菅原百合絵(書肆侃侃房)

 「母語は自分に近い「本当」の言葉で、外国語は後から学んだ「借り物」の言葉のように思えるが、実はその「借り物」の言葉こそが、まさにそのよそよそしさゆえに、心のもっとも奥ふかくに秘匿されている自己をー無惨なまでにーにあらわにするのだった。(略)それは決して光降りそそぐ明るい場所ではないけれども、そのようなほのぐらい場所を自分のうちに見出し、認めるのは、不思議と静かな慰めを与えてくれる経験でもある。」

 今年の東京大学の国語の入試問題で、まだ三十代前半の若きフランス文学者が著した、外国文学、外国語を学ぶ意味についての文章が取り上げられていた。須賀敦子さんの随筆のような静謐な響きを持つ文章に惹かれ、歌人でもある筆者の初めての歌集を手に取った。

 留学先のリヨンやジュネーブなどでの経験に基づく短歌は、文学や歴史の事象が巧みに織り交ぜられるが、決して衒学的ではなく、限られた字数の短歌に豊かな意味と奥行きを与えている。

「ネロ帝の若き晩年を思ふとき孤独とは火の燃えつくす芯」
「マドレーヌ紅茶に浸しいつまでも触れえぬあなたの心と思ふ」

 川や雨など水のイメージが多用されるからか、静謐で、ほのかな光を帯びている、細かな霧雨の降る中にいるような心持ちになる。

「眠りとは紛れなく渡河 夜と朝のしろきほとりに身は濡ちつつ」
「箱舟に乗せられざりし生きものの記憶を雨の夜は運び来」

 時折見せる、遥けき行く末までを透徹したかのような眼差しにはっとさせられることもある。生活者として日々を送りつつも、天上のような視点を自身のうちに抱く歌人の心に共感を覚えた。

「一生は長き風葬 夕光(ゆふかげ)を曳きてあかるき樹下帰りきぬ」
「人死にて言語(ラング)絶えたるのちの世も風に言の葉そよぎてをらむ」

 歌人の水原紫苑さんの寄せた「人間が荒れ狂う今世紀にこのような美しい歌集が生まれたことをことほぎたい。」という帯紙の言葉は、過言ではない。
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