ウスターと聞いて連想するのはウスターソース。
このウスターはソース発祥のイングランドのwʊstər州のこと。ここと同じ地名がアメリカのマサチューセッツ州の中央部にあり、今回の印象派展は、ここのある美術館から来たもの。
仏の印象派展は8回あって、最後の8回目は、1886年。この8回目は、ルノアール、モネは出展しておらず、ドガとその仲間が中心。スーラが点描で書く事を提案して、すでに印象派的な描き方は下火となっていた。
アメリカの印象派は、その後を引き継ぐように、
チャイルド・ハッサムが「THE10」というグループを作って、自国の風景を描くようになった。(写真はボストンの夕暮れ)
アメリカの印象派なんか全く知らなかったのだが、たくさんあって、どれも分かりやすい気持ちのいい絵ばかり。きっと人気あったと思う。この都美術館もメチャ混みで、日本人の印象派好きを反映していた。
さらに、アメリカ各地、それまで見向きもされなかった西部の風景を描くことによって、それまで観光旅行といえば欧州と決まっていたのが、西部など自国に目が向き、生まれたスローガンが
DISCOVER AMERICAなのだそうだ。
それで思い出したのが、
日本の「ディスカバー・ジャパン」。1970年頃の国鉄のキャンペーンで、旅好きの日本人が、京都奈良などの古都に目をむけるようになった。これは明らかにアメリカのキャンペーンの日本版。雑誌「アンアン」が特集を組んで、アンノン族が生まれるきっかけにもなった。
ということで、フランスの印象派が、アメリカに伝わり「ディスカバーアメリカ」が、「ディスカバー・ジャパン」を生んだ。フランスの印象派が、日本の古都ブームのさきがけだった〜というのは、あまりにも強引ではあるが〜(笑)
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