「水蓮のひらく音がする月夜だった。」
冒頭の一文から、幻想と現実とのあわいがぼんやりとした長野まゆみの魅惑的な小説世界へと誘われる。
夏の終りも近い満月の夜。アリスと蜜蜂のふたりの少年は教室に忘れた鳥の本を取りに、月明かりに包まれた夜の学校を訪れる。そこはもうひとつの世界への入り口となる。標本の卵から抜け出た少年の姿をした鳥たちと彼らを教える教師。異世界との邂逅というと動物たちとの交歓を描いた宮沢賢治の『雪渡り』などを思い出すが、この物語では逆に、鳥と人間との距離感のようなもの、更には異質なものを排除しようとするどこか禍々しさのようなものさえ感じられた。
理科室の戸棚に閉じ込められたアリスと彼を探し出そうとする蜜蜂と飼い犬の耳丸。夜の学校を舞台に、適度な緊迫感があり、一気に読ませる。幻想と現実とが溶け込んだようなラストの場面もよかった。
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