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2021年10月10日09:26

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加部洋祐歌集『未来世』

2021年9月、北冬舎刊。『亞天使』(*)に続く加部洋祐さんの第2歌集。
(*)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1941770921&owner_id=20556102

1 ほどかれて抽象の鳥まだたれも思ひみしことなき空やある

2 やはらかき人げんの手よゆびとゆびしづかにひらきゆく春である

3 口づけをしない程度に近よりて嗅げり鏡の香りなるもの

4 主よ、ぼくはぼくに向かつて祈ります掌(て)と掌(て)を合はせ心臓を突く

5 新春の元左翼らの歌魂すら母胎にかへるうたくわいはじめ

6 かげ しだいにくらくなりそめてことばにすぎぬじん体を着る

7 し(ろたへ)の/    /(  )/    /    /

8 (   /    /   /    )    /

9 かげだけのぼくが鏡にあらはれてしづかに消ゆるまでのしづけさ

10 しろさとは光ではなく闇ならばまなこを瞑りまなうらを見つ

上記『亞天使』の紹介記事にて、加部さんは過剰を抱えた表現者なのだろうと書いたが、その“過剰さ”の現在地を伝える作品としても読める第2歌集だ。
世界への反抗、「われ」の無化への欲望、そして身近なひとへの挽歌という3つの光源からの光が錯綜する眩しい作品、と思って読んだ。

7首目、8首目などは最近の加部さんの作品に接していない読者は「何だこれは?」と思うだろう。8首目のような記号短歌(?)がかなりたくさん収録されている。直近の「舟」38号(2021.6)に掲載された加部さんの「pt 001-015」は記号ではなくモノクロ写真の細長い断片が15個並んでいて、これをもって短歌作品として読んでくださいという意匠で、正直なところ僕も「何だこれは?」と思ったのだった。

たぶん加部さんは「われ」の煩わしさを消したいのだろう。「われ」とは「かげ」にすぎぬところ、不幸にも言葉を負ってしまった存在で、そのようにして「じん体を着」ているのだから、もはや言葉を操ることは本意ではない、というところから彼の記号(?)短歌が生まれたのではないかと推測する。この歌集のあとがきに「私は私の歌を私の歌の力のみによって殺したかった」と書かれていて、してみれば8首目のようなものはその骸が陳列されているということなのかも知れない。彼の自己表出の現在地はそのあたりにあるらしいのだが、この世の人々の間に生きる「われ」の挨拶というモチーフがあれば、〈若き日に余命五年を告げられしきみは天寿を遂に極める〉(永平利夫先生への挽歌5首の1首目)というようなごく普通の(?)歌も詠める作者なのだ。

あとがきでは「白」という色の透明と不透明について記されていて、透明な白は例えば白紙を思わせる白ということらしい。僕は相原かろさんの「白いインク」の歌(**)を思ったのだが、一方でちょっぴり理系の発想をすべり込ませれば、「白」は単色ではなくありとあらゆる色の総合としての豊穣に満ちたものでもある。
(**)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1294761320&owner_id=20556102

あるいは加部さんはこの歌集をもって短歌表現から離れるのだろうか。そのようにも思われる。それが必然なら無理に「待って!」と言うこともないのかも知れぬ。だが、「白」の豊穣についてはぜひ彼に伝えたいという気持ちになる。この世界に、かげではなく、言葉でもなく、先ず身体として存在しているわれ。そのわれが五感を通じて感受した世界が立ち上がる短歌が、この先繰り出されてくるのではないか。そのようにも予感されるし、そのように期待したい。

そこからは反抗期のような反抗ではなくまっとうな反抗が表出されるだろう。5首目などはまっとうな反抗の歌で、歌会始に列席している「元左翼ら」よ、よく聞けよ、と思い共感しつつ読んだ。そして2首目などは身体としてこの世界に存在しているわれの詠んだ歌、と思った。このような萌芽を大切に育ててほしい、などとオジサンの読者は思うたのでありました。


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