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2021年05月05日19:47

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本棚384『はじめて楽しむ万葉集』上野誠(角川ソフィア文庫)

 「天(あめ)の海に雲の波立ち月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ」

 ロマンチックな冒頭の歌をはじめ、おおらかで瑞々しい情感にあふれた万葉集の歌の魅力を楽しく知ることができる一冊。

 七、八世紀の人びとの想いが時を超えて伝わってくる。例えば、藤原宮へと都が遷った後の明日香に風だけが吹く情景を詠んだ志貴皇子の「采女の袖吹き返す明日香風 京を遠みいたづらに吹く」という歌。今は無くなってしまったものに対して、時が過ぎることの悲しさや感傷を、人は遥か昔から抱いてきたのだと思う。現代ならば、俵万智の「いくつかのやさしい記憶 新宿に「英(ひで)」という店あってなくなる」という歌だろうか。
 大宰府に地方赴任していた大伴旅人の、悩んでもしょうがないことにくよくよしないという歌(「験(しるし)なき物を思はずは一坏の 濁れる酒を飲むべくあるらし」)は、現代のサラリーマンの共感を呼ぶ。
 
 また、万葉集に多く見られる恋の歌も、愛する人を想う気持ちが普遍であることを示している。「君待つと我が恋ひ居れば我が屋戸の 簾動かし秋の風吹く」この額田王の名歌からは、恋する者を一人待つ女性の繊細な想いが感じられる。「信濃なる千曲の川の小石(さざれし)も 君し踏みてば玉と拾はむ」という詠み人知らずの歌は、あなたが踏んだのなら川の小石も玉として拾いましょう、という真っ直ぐな恋情を切り取っている。

 伸びやかに、爽やかに、四季の自然の移ろいを描いた歌も数多くある。清冽な早春の清水の冷ややかさや、初夏の薫風が頬に触れる感覚までもが感じられる気がする。
「石走る垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも」「春過ぎて夏来るらし白たへの 衣干したり天の香具山」
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