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2021年05月01日22:44

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本棚383『プーシキン詩集』金子幸彦訳(岩波文庫)

 プーシキン以後のロシア文学はすべて彼の仕事の継承に過ぎないとさえいわれる、という本書の表紙の言葉は、決して過大な賛辞ではない。平易な言葉で壮麗な世界観や甘美さを紡ぎ出すとともに、月影が霧に包まれる果てなき冬の雪原をトロイカが駆ける情景のように、ロシアの大地、空気を感じさせるプーシキンの詩は、ロシアの国民詩人という呼び名に相応しい。

 他方で、プーシキンの作品に通底しているのが、「悲しみ」である。農奴制と専制政治が残る時代にあって、自由を讃えたプーシキンの詩は数多のロシア国民に影響を与え、それ故に皇帝の怒りを買い、プーシキンは南ロシアに追放される。

「人里はなれたくらい配流の地に わたしの日々はしずかに流れた。感激もなく 霊感もなしに なみだも 生活も 愛もなかった。」

 この配流の辛い経験も、彼の詩心を枯らすことはできなかった。苦難の中にあっても、希望や明るさを失わない。時にそれは、挫けそうな彼自身の心を励ます、エールだったのかもしれない。真の悲しみを知っているものだけが書ける彼の詩は、読み手の心を打ち、ロシアの人びとの魂の一部となった。宮廷内の敵対勢力によって仕組まれた決闘のため、プーシキンが37歳の若さで世を去った時、5万人もの人びとが彼の家に弔問に訪れたという。この小さな詩集は、ロシアの、そして世界の人びとに、過酷な運命に立ち向かう勇気と潰えない希望を与えている。

「悲しい日にはこころをおだやかにたもちなさい。きっとふたたびよろこびの日がおとずれるから。」
「けれど悲しみのおとずれる日にはおだやかに 私の名前をくちずさみ そして心に告げなさいー わたしを思うひとりの人がいるのだと わたしはその人の心のなかに生きているのだと。」
「だが友よ 死をわたしはのぞまない。 わたしは生きたい ものを思い苦しむために。 かなしみ わずらい 愁いのなかにも なぐさめの日のあることを忘れない。 ときにはふたたびたえなる調べに身をゆだね こしらえごとに なみだを流すこともあろう。 わがいのちのたそがれを 愛が別かれの ほほ笑みで照らしてくれることもあろう。」
「わたしは願うーおのれの墓の入口に 若いいのちが遊びたわむれ のどかな自然がそのとこしえの 美しさにかがやくことを。」
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