mixiユーザー(id:2716109)

2021年03月21日18:00

40 view

本棚373『燃えよ剣(下)』司馬遼太郎(新潮文庫)

 「なあ総司、おらァね、世の中がどうなろうとも、たとえ幕軍がぜんぶ敗れ、降伏して、最後の一人になろうとも、やるぜ」

 転落の落ち目にある時にどのような態度を取るか。沈みゆく船においてこそ、人間の本質が最も顕になるのかもしれない。
 関が原に続く日本の歴史の転換点とされる鳥羽伏見の戦い。既に大政奉還を行い、政権を朝廷に返上していた徳川家に対し、薩長は三百万石の返上という無理難題を投げかけ、徹底的に旧幕府勢力を潰そうとする。それは、一大名の地位に堕ちていた豊臣家に、大坂の陣で引導を渡した徳川の仕打ちを髣髴とさせる。

 自力で飛翔する鳥と風に乗る凧ー土方歳三と近藤勇は対照的に描かれる。時流に乗っている時には大きくなる近藤が、敗勢のなか消沈し諦念を抱く一方、歳三は苦境の中でも常に次の道を探そうとし、逆境になればなるほど光彩を放つ。
 とはいえ、歳三は必ずしも剛毅で強靭なスーパーマンではなく、感傷的な一面、心弱い一面も有しており、読み手の共感を誘う。
 歳三の人間としての魅力を伝える言葉も数多く現れる。
「あいつらも弾の中にいる」ー鳥羽伏見の戦いで、薩長の銃弾が飛び交う中、味方の制止も聞かず奉行所の土塀の上であぐらをかいて指揮を執る歳三の仲間を思う心。
「どうやらこれからの戦さは、北辰一刀流も天然理心流もないようですなあ」ー薩長の最新の銃火器に圧倒される中でも、絶望ではなく、「今度は洋式で戦ってやろう」という希望を持ち続ける。

 敗れていく者への単なる判官びいきではなく、生涯をかけるものを模索していた若者が、新選組に自らの命をかけ、自身の信念を貫く姿が、時を超えて人を惹きつけ続ける。官軍に従った当時の多くの藩の武士たちも、自分を含めた現代の我々も、自己の身を守るために長いものに巻かれる傾向にある。そうした中、自分の想いのみに従って、颯爽と乱世を生ききった歳三に、こうありたいと願う理想を見出すのだろう。

 函館での官軍との最期の戦いの直前、歳三を追ってきたお雪との束の間の邂逅と訣別が胸を打つ。
「ここへ来てから、一日すぎると、その一日を忘れるようにしている。過去はもう私にとって何の意味もない」「わたくしとの過去も?」「その過去はちがう。その過去の国には、お雪さんも近藤も沖田も住んでいる。私にとってかけがえのない過去だ。それ以後の過去は、単に毎日の連続だけのことさ」
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年03月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031