映画『』作品レビュー(公開日:2021年2月19日)
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80年代、アイドルは子供の憧れでした。2000年代、それは世知辛い社会を生きる大人の癒やしでもあったのです。本作は第二の青春を“推し”に捧げたハロプロおたくの友情のドラマ。劔樹人(つるぎみきと)の自伝的コミックエッセー「あの頃。男子かしまし物語」の実写映画化作品です。
物語は2004年、大阪から始まります。大学生の劔樹人(松坂桃李)は、バイトに明け暮れる毎日をおくり、好きで始めたはずのバンド活動もうまくいかずに、つまらない日々を送っていました。
ある日、そんな劔を心配した友人・佐伯(木口健太)から「これ見て元気出しや」とDVDを渡されました。
何気なく再生すると、そこに映し出されたのは『♡桃色片想い♡』を歌って踊るアイドル・松浦亜弥。桃色の衣装でとびっきりの笑顔の松浦亜弥。劔は思わず画面に釘付けになり、テレビのボリュームを上げます。弾けるような笑顔、くるくると変わる表情や可愛らしいダンス。圧倒的なアイドルとしての輝きに、自然と涙が溢れてきました。
劔はすぐさま家を飛び出しCDショップへ向かいました。ハロー!プロジェクトに彩られたコーナーを劔が物色していると、店員のナカウチ(芹澤興人)が声を掛けてきました。ナカウチに手渡されたイベント告知のチラシは、劔の興味を引いたのです。
ライブホール「白鯨」で行われているイベントに参加した劔。そこでは、メンバーの男性たちが、ハロプロの魅力やそれぞれの推しメンを語っていました。
プライドが高くてひねくれ者のコズミン(仲野太賀)、石川梨華推しでリーダー格のロビ(山中崇)、痛車や自分でヲタグッズを制作する西野(若葉竜也)、ハロプロ全般を推しているイトウ(コカドケンタロウ)、そして、CDショップ店員で劔に声を掛けてくれたナカウチといった、個性豊かな「ハロプロあべの支部」のメンバーたちです。
劔がイベントチラシのお礼をナカウチに伝えていると、「お兄さん、あやや推しちゃう?」とロビが声を掛けてきます。
その場の流れでイベントの打ち上げに参加することになった劔は、ハロプロを愛してやまない彼らとの親睦を深め、仲間に加わることになりました。
夜な夜なイトウの部屋に集まっては、ライブDVDを鑑賞したり、自分たちの推しについて語り合ったりする日々が始まります。
劔にとっては、とても楽しい毎日です。そのうちに、大学の後輩から勧められ、ハロプロの啓蒙活動という名目で大学の学園祭に参加もしました。まさに、ハロプロの応援活動一式に全てを捧げていたのでした。
西野の知り合いで、藤本美貴推しのアール(大下ヒロト)もメンバーに加わり、劔たちはノリで“恋愛研究会。”というバンドを組みます。
「白鯨」でのトークイベントで、全員お揃いのキャップとT シャツ姿で『モーニング娘。』の「恋ING」を大熱唱。彼らは遅れてきた青春の日々を謳歌していたのです。ハロプロ愛に溢れたメンバーとのくだらなくも愛おしい時間がずっと続くと思っていた劔。
ですが、ハロプロメンバーの卒業もあり、それぞれの人生の中で少しずつ皆がハロプロとおなじくらい大切なものを見つけていくのでした。
映画のキャッチコピー「‟推し”がいるだけで、世界は広がり、人生が楽しくなる」をまんま映像化した本作の登場人物たちには共感はできました。幾つになっても、何かに夢中になれる人生はやっぱりいいですね(^^)。そして、その何かを持っているということはとても幸せなことなのだと気がつかされました。それさえ持っていれば、60歳を越えても永遠に青年でいられるような気がします。
ただこの作品、内容が内容だけに、あまり女子には向いていないかもしれません。やはりアイドルに心を奪われたことのある男子向けの作品といえそうです。
それと、恋愛研究会の面々のキャラの濃さは抜群で、やり取りは面白いのだけど、ストーリー展開が結構淡々としてます。
惜しいと思ったのは、せっかく劇場化するのなら、登場人物たちの今を描いて欲しかったです。いいオヤジになってしまった彼らは今でもアイドル押しを続けているのか。昔みたいな勢いを失ったハロプロをまだ押し続けているのか。そしてその活動には、世間の冷ややかな視線やヒシヒシ迫ってくるだろう現実の生活との葛藤はないのだろうか。それを本作の落とし所に持ってきていれば、劔が作品中何度も語る『「今が一番楽しい」と思える人生』の帰結点が浮き彫りになったと思います。
良かった点は、今泉力哉監督らしい、人の心情の動きを優しく表現する演出。相変わらず押し付けがましさのない演出でした。
この時代に青春を過ごした人なら、一つ一つのシーンのあるある感が強く感じられて、『あの頃』の時間がとても愛おしいものに感じられることでしょう。ただ、懐かしい気持ちやあの頃、面白かったなというだけの映画ではありません。ちゃんと、ヲタクの不安も、世間のなんか異質なモノを見るような人の視線もちゃんと描いています。
そんな世間的にはどうしようもないヲタクたちの生き様を監督は否定的に描かず、優しく寄り添うように描いたのです。だから、本作をご覧になるとなんだか心が少し温かくなってくることでしょう。
その最たるものは、コズミンが仲間の彼女を謀略的に奪ったことに対して、イベントのネタにしてしまい、コズミンへの断罪も笑いに変えて、結局許してしまった展開です。このときイベントの舞台上で、土下座をして奪ったことを謝る、謝り方はプライドの高いコズミンならではものでした。
ああいう役をやらせれば、仲野大賀は抜群です。いや彼しかできないでしょう。『すばらしき世界』にも出演していますが、本作とはまるで別人でした。
本作は劔の回想が軸になっていて、あくまで主人公は劔なのですが、コズミンが完全に主役を喰ってしまいました。特に後半はコズミンがストーリーの軸になっていきます。これはコズミンのキャラの強さに加えて、演じる仲野大賀の演技が凄すぎるからだと思います。松坂桃李、ちょっと持って行かれてます(^^ゞ
この映画は、仲野大賀の映画でしたね。
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