純粋で武骨な近藤勇、怜悧で理知的な土方歳三、天真爛漫であどけない沖田総司ー誰も一寸先をも見通せない幕末の動乱の世界において、その若き生を存分に燃焼し、躍動した新選組の隊士たち。
本書は、組織づくりの名手であり、「鬼の副長」として内外から怖れられた土方歳三を主人公に据えている。土方は、新選組を天下最強の組織にするという唯一の目的のため、攘夷や佐幕といった思想よりも、隊を少しでも強固なものとすることに重きを置き、厳しい法度を設けるなど、憎まれ役を一手に引き受けた。武士の生まれでなかったために、真に武士らしくありたいと願う想いは、刀剣のような鋭さ、強さを持つ。
他方で、俳句をたしなみ、とりわけ「冬の骨のこごえそうな季感」ではなく、「いつもあしたに望みをかけている」春の句を好んでいたという挿話や、幼い頃に亡くした母の面影を持つお雪に恋をし、心情を吐露する場面などは、土方の人間味を感じさせ、多層的な人物造形となっている。
土方を中心に据えつつも、様々な隊士達の生き様や想いが細部まで生き生きと描かれているのも、本書の大きな魅力である。新選組きっての智者である山南敬助が法度に背いて脱走した時、連れ戻し切腹させるために、山南が自身の弟のように心を許していた沖田総司が討手に選ばれる。追いつかれた大津の宿での夜、隊への不満や脱走後のもくろみなどではなく、故郷仙台の想い出話をする、すずやかな姿が心にすっと染み入ってきた。
池田屋事件や蛤御門の変、長州征伐といった幕府優位の潮目が変わる下巻、苦難に対してどのように隊士達が立ち向かっていくのかが興味深い。
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