先月亡くなられた著者は「歴史探偵」を自称していた。本書でも明治維新の官軍を「西軍」と呼び、敬愛する勝海舟を「勝っつぁん」と呼ぶように、対象への深い愛情が伝わってくる。「歴史学者」のような、厳格な客観性はやや減ずるかもしれないが、そこには血の通った歴史がある。
太平洋戦争の開戦を強く唱えた将官には、先の悲惨な日露戦争の実戦経験のない者が多かったという。日露戦争勝利の光の部分のみを記した偽りの戦史を学んだ若い将官達が「戦いの悲惨さ、兵の苦しさ悲しさについて学ぶことも感ずることもなく、机上の作戦立案に専念することになる」と著者は指摘し、翻って現在の日本社会も憂慮する。東京大空襲で火の海となった下町を逃げ惑った経験を持つ著者の言葉は感情に溢れ、そして重い。
歴史から人は何を学ぶのか。世界恐慌が偏狭なナショナリズムとブロック経済を生み、第二次世界大戦につながったこと、膨大な財政赤字はいつかハイパーインフレにつながること、現在の我々に歴史が示す事実は厳しいが、自分は大丈夫だろうという「正常性バイアス」に陷らず、過去の出来事を踏まえ、自らの頭で複眼的に考え抜くことが重要に思えた。「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」というヴァイツゼッカーの言葉のように。
また、本書では様々な人物が取り上げられるが、ジャーナリストの石橋湛山が印象に残った。日本全体が軍事大国主義へ向かう中、国際協調小国主義を主張した異彩の言論人。戦後になってから、帝国主義、植民地主義を批判することは誰でもできるが、軍部もマスコミも国民も皆がその道に突き進む中、ただ一人異を唱える先見の明と勇気に感銘を受けた。
「朝鮮·台湾·樺太·満州というごとき、わずかばかりの土地を棄つることにより広大なる支那の全土を我が友とし、進んで東洋の全体、否、世界の弱小国全体を我が道徳的支持者とすることは、いかばかりの利益であるか計り知れない」
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