mixiユーザー(id:2716109)

2019年11月28日20:40

44 view

本棚223『北海タイムス物語』増田俊也(新潮社)

「取材や整理の記者職だけが新聞人の誇りを持っているなんて大きな勘違いだ。工場や輪転の人間はそれ以上に誇り高い。」
「みんな貧乏だけど、本当に新聞を愛してる人しかうちにはいないの。だからあなたたち新人には、その心の部分を学んでほしいって私は思ってる。」

 1990年春の札幌、まだ冷気をはらむ空気の中、主人公野々村巡洋は北海タイムスに入社する。かつて実在した名門新聞社は、北海道に進出した全国紙と北海道新聞との間に挟まれ、経営は火の車だった。他紙に比べ給与は7分の1なのに業務量は4倍。配属先は希望していない内勤の整理部。直属の上司はミスタータイムスの名を持つほど優秀だが、常に罵声を浴びせられる。
 個性的な(というより破天荒な)職場の面々との間の面白いエピソードも挟まれるが、物語の終わり近くまで、ここではないどこかへ行きたいと願う主人公の思いが通底し、鬱屈した重さがある。
 
 しかし、入社して数カ月が経ち、ある出来事をきっかけに、主人公の心が変わる。乾いた大地が見る間に水を吸いこんでいくかのように、新聞制作の技術を身につけようとする終盤部の疾走感。それまで、安い給料、過酷な業務、手酷い失恋など、重く長い停滞がこれまでかと言うほど描きこまれていたのは、このラスト百ページの飛翔のための布石に思えてくる。著者自身の記者経験の全てが詰まったような濃密な時が流れ、新聞人たちの、自身の仕事を心から愛し、打ち込む人たちの熱い矜持が感じられた。

 また、男たちの流す涙も印象的だった。仕事初日に何もできない不甲斐なさを感じた時、仕事で人間性まで否定され怒鳴られた時、製版部に吊し上げられそうになったのをこれまで嫌っていた先輩に助けられた時。悔し涙もあれば、嬉し涙もある。第12章の最後の一頁は、あたたかな涙。読書をしてこんなにも涙を流したのは久しぶりだった。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年11月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930