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2019年11月16日11:22

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本棚217『ディキンソン詩集』亀井俊介編(岩波文庫)

「水は、のどの渇きが教えてくれる。 陸地はーはるばる通ってきた海が。 歓喜はー苦痛がー 平和はー戦いの物語がー 愛は、形見の品がー 小鳥は、雪が。」

 アメリカ北東部のニュー·イングランドの田舎町に生まれたエミリ·ディキンソンは、ある時から邸に隠棲し、近所に住む人も時々庭にたたずむ彼女の白いドレス姿を垣間みるだけだったという。生前に出版した詩はわずか10篇だったが、彼女の死後、千篇を超える詩稿が見つかる。外の世界から距離を置き、独身を通した生涯。その小さな世界の中には、「じつは途方もなく豊かであった彼女の内面の生と精神のドラマ」が息づいていた。

 その短い詩句からは、飛翔する豊かな想像力、生と死への透徹した眼差し、自然への畏怖と讃歌、それらを貫く軽やかなユーモアや自由さなどが、力強さを持って迫って来る。例えば、擬人化された夕焼けがあやなす色の箒で大空に描く「夢幻劇」の詩。その1ページほどの詩には広大無辺の世界がつまっている。
 
 「読者にショックを与えて、彼女は上品に微笑み、自己の存在を静かに確認しているかのよう」な、ディキンソン特有の、魅力的な飛躍や思いもつかない隠喩。本書に収められた50篇の詩一つ一つに付された訳者の解説は、時に難解になる詩を的確に補うとともに、それ自体が詩的な抒情を帯びており、アメリカの生んだ最高の詩人と呼ばれるディキンソンの世界へと誘ってくれる。

「ニュー·イングランドの冬は、寒くて長い。その晴れた日の午後、光は低く斜めに差し込んでくる。···冷気ただようひろびろとした風景に、時が過ぎ、闇がおおうーその推移の中で、詩人は孤独に、自分ひとりのひそやかな絶望をうけとめ、しかもその「荘厳な苦悩」に陶酔しているようでもある。天と地と詩人とが一種の調和に到達した、絶妙な詩情がここにはくりひろげられている。」

「人間ひとりひとりの存在がますます卑小になってきた観のある20世紀末の現在、エミリ·ディキンソンの生とその詩的表現がもたらす充実感や解放感は、いっそう意義を深めているのではなかろうか。」
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