2019年9月、砂子屋書房刊。『りんご1/2個』(*)『ぽんの不思議の』(**)に続く小島さんの第5歌集。
(*)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1800394230&owner_id=20556102
(**)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1946543212&owner_id=20556102
タイトルは《ポストの影あはく伸びたるコンビニまへ春の愁ひが溜まりてゐたり》より。
あとがきに「私はつづまるところ、『時間』を詠んでいる気がするのだが、特にここ数年、現在ただいまの時間に、突然、あるいはふっと過去が入り込み、共存したり、溶け合ったり、ある時などは未来さえ侵入してくるという、何か渾然とした時間感覚に浸ることが多い。そうした感覚から生まれた作品が最近はふえているような気がしている」と書かれている。
「時間」というような抽象語は先ず定義をしておかないと話がすれ違いやすい語だが、「過去」「現在」「未来」と言われているところからして、小島さんの言う「時間」は物理的に計量可能な「時間」ではなく、人間存在を規定する「時間性」としての「時間」なのだろうと了解した。
とすれば、過去・現在・未来が混濁するようなことはよくあることで、透徹したわれが存在するというよりは、あやしいわれらしきものが存在するらしいという境地に移ってきた、という旨が述べられたあとがきなのだろうと思った。
かつて『りんご1/2個』について僕は「小島熱子というひとが(あるいは小島さんが作中で立てようとしている『われ』が)この世界の中のどのような場所にどのように立っているのかが、この一冊の歌集を通じて必ずしもクリアーに見えてこない、というもどかしさを、何とはなしに感じてしまったのだった」「小島さんは『上手い歌を詠みたい』という欲望を強く抱いている方なのだろう、ということを思った」と書いた。また、『ぽんの不思議の』については「このたびのこの歌集にも、凝った表現の歌は散見されるが、その頻度はかなり下がってきたのではないか、というのが読後の最初の印象であった」と書いた。
さて、『ポストの影』では凝った表現の歌の頻度はさらに下がったように思われたかというと、さほど印象は変わらなかった。例えば下記引用1首目の結句、1字アケの次に「樟の木が鳴る」と置かれているのだが、こういう作り方に、なお、一首をお洒落に詠みたいという意匠を感じる。初句〜4句はある程度の年齢になったら誰もが思うところで、それをそのまま朴訥な語り口で31音にすればそれで十分なのではないだろうか。が、小島さんは1字アケてこの結句を置くことによって、樟の木はわれがいなくなったその日にも今と同じように鳴っているのだろうというような残響音を効かせて、そのように詠むのがお洒落なのだと思っているフシがある。このお洒落感覚を離脱したら、小島さんの作品はさらに一歩を進めることができるのではないか、と思った。
それと、これも『りんご1/2個』についての感想ですでに書いたことだが、小島さんの言われる「過去」「現在」「未来」は、あくまでもわれの存立にとってのいわば実存的な時間性としてのものであって、歴史的社会的な「過去」「現在」「未来」ではない。小島さんはほとんど潔癖症ではないかと思われるぐらい、時事、というか時代を詠まれない。その分、小島さんのわれは社会的歴史的被規定性をまぬがれて、小中英之が「単独の鹿」と詠んだモードを思わせるような「単独のわれ」へ駆け抜けてゆくのである。そうしたわれは何処に繋がるかというと、たぶん時間を超越したものとしての「美」に繋がるのだろうと思う。
「美」は特段お洒落に詠まずともおのずともたらされるものだろう。朴訥に詠まれながら、あるいはそう詠まれたがゆえに、読者を普遍的な「美」にさらりと触れさせてくれるような作品を、今後の小島さんの作品に期待したいと思う。
以下『ポストの影』より9首。
「そのときはたぶんゐない」のそのときがじわりふえゆく 樟の木が鳴る
坂道にドットつぎつぎ現れてわれもたちまち白雨の最中(もなか)
追焚きランプ点る湯舟に聞いてゐるグレゴリオ聖歌のやうな雨音
空間も時間もなくてからすうりぽつんと天地のひみつをこぼす
薄氷(うすらひ)がジグソーパズルのやうに割れだれにでも死はたつた一回
真(ま)つ暗(くら)がなくなつてしまつたと思ひしにむかしのまつくらのあしおとがする
陶製の密閉容器に能登の塩入れてしづかな時間にゐたり
ふいにおんなじ洗濯終了メロディーが隣の家よりきこゆ 休日
いつか行かういつか行かうと思ひしに細き裏道いつしか失せて
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