先日初めて訪れた早稲田にある漱石山房記念館は、漱石の書斎が復元されていて、客との会話を楽しむ漱石の姿が目に浮かぶようだった。芭蕉などの庭木が、静かに雨にうたれているのも趣きがあった。
漱石の最後の随筆集となった本書には、多くの人びとが現れる。一期一会という言葉が相応しい、人生の中の一時におけるうたかたの出会い。現在の出会いもあれば、遥かな過去の思い出もある。
今は北辺の樺太で教師をしている大学時代の友人に会った際の、ふたりの間に横たわる大きな時間の存在。白く美しい顔の女性の死への手向けの句「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」に込めた想い。
こうした漱石にとって「忘れえぬ人々」との出会いの文章を読んでいると、急速な近代化、西洋文明の浸透という大問題に苦悩し苦闘する知識人というよりも、一人の人間としての漱石が、立体的に立ち上がってくるように思えた。
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