気品ある詩情に満ち、かつ思索的で、著者の山への愛情が感じられる一冊。
深田久弥の名著『日本百名山』が、具体の山を取り上げ、山が詠まれた和歌や歴史などを織り交ぜるのに対し、本書で現れる山々の多くは、具体の名前は示されない。
それによって、読み手は自身がこれまでに登った、心の山の想い出を自由に投影できる。夏山の草いきれと壮麗な夕映え、晩秋の山で出会した清冽な泉、冴え冴えとした月の輝きと雪の匂い、白樺の樹皮にそっと羽を休める春の蝶ー。見本帳のようにあふれる、四季折々の山の魅力によって、想像が広がってゆく。
大学で哲学の教鞭をとっていた著書は、難解な用語は用いず、哲学を親しみ深い、生きた人間の研究として捉えていた。「無限の自然に対する有限の個人の人生」を考え抜いた著者にとって、山を登ることは、万巻の哲学書をひもとくこと以上のものを与えてくれたのかもしれない。
長くしまってある登山靴を、久しぶりに履いてみたくなった。
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