18世紀から19世紀にかけてのロンドンで、三十年以上の会社勤めの傍ら書きためられた宝石のようなエッセイの数々。チャールズ·ラムは、機知、諧謔、ユーモア、皮肉を混じえた多彩な筆で、日々の生活の中のささやかな幸福や人生の哀歓を軽やかに描き出す。「イギリス·エッセイ文学の完成者」と呼ばれ、辻邦生も愛読していたというのも納得できる。
中でも、最高傑作の一つとして定評のある「幻の子供たち」という10頁足らずの小品がじんわりと心にしみ入った。
せがまれて、ラムはふたりの幼い子供たちに、ラムの祖母や兄の思い出話を聞かせる。文章の途中でラムの兄が先日この世を去ったことが分かり、最後にはこの無邪気なふたりの子供たちもラムの想像が産んだものだったことが分かる。
早くに両親を亡くし、精神を病んだ姉の保護に献身して生涯独身を通したラムにとって、兄の存在は大きかったのだろう。心の空隙を埋めるかのように、もし若き日の恋が成就していれば、生まれてきていたかもしれない子供たちとの夢の中での戯れ、叶えられなかった夢。静かな重奏のように、悲しみの余韻が拡がっていく。
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