過日、宮前忠夫『企業別組合は日本の「トロイの木馬」』（本の泉社、２０１７年）を読んだ。mixiおよびfacebookの記事ではほとんど触れてこなかったが、戦後〜現在の日本の労働組合の組織形態はこれでよいのか、すなわち（海員組合など一部の例外を除いて）企業別組合を基本とするこの国の労働組合のあり方を問い返す必要があるのではないか、韓国では最近、企業別から産業別への編成替えを成し遂げたのに、なぜ日本の労働運動ではそうした動きが起きないのだろうか、というようなことを、僕は自らの若干の経験もあって考えている。
宮前が、労働組合について同様のことを述べているとして引いていたのが、中西洋『《賃金》《職業＝労働組合》《国家》の理論−−近・現代の骨格を調べて、近未来をスケッチする−−』（ミネルヴァ書房、１９９８年）であった。中西の書のその項を見ると、「日本の労働組合はイギリスの〈Trade Union〉にもドイツの〈Gewerkschaft〉にもフランスの〈Syndicat〉にもイタリアの〈Sindacato〉にも似ていない。１９４５年以降のそれは“団体交渉権と労働協約締結権を付与された企業内従業員組織”である。それは《職業＝労働組合》ではない」と明快に断じられている。
宮前があまたのページを費やして論じていた戦後日本の経緯を、中西はおよそ半ページほどの記述で一刀両断している。いやはや…。しかし、この中西の書が刊行された１９９８年以降の２０年間に、地域ユニオンのみならず連合までもが企業別組合からの離脱への新たな路線を取ろうとしているというような動きがないでもない。中西の診断の続編を聞きたい。
この中西の書は全体としては大いなる鳥瞰図を読者に与えるべく企図されたもののように思う。《賃金》《職業＝労働組合》《国家》の３つの大きな柱について、それぞれ、�．ぅ�リス、フランス、ドイツ、イタリア、日本の比較構造論、�△修龍瓠Ω渋紊砲�ける歴史的変容（この項はイギリスについてに限定）、��今日から明日への近未来の世界の進行についての展望を思いつくままに、という見取図のもとに論述されている。
勉強になるのは�，鉢△世�、読みながら「ん？！」とか思ったりして楽しいのは、思いつくままに近未来のイメージを記したという��の項だ。
例えば近未来の〈労働〉については、その昔ホッブスが労働ないし活動への報酬を、貨幣的なものから非貨幣的なものへの拡がりにおいて語っていたことが想起される、労働ないし活動する者の〈意欲〉は、特に非貨幣的な報酬の場合により強く持続的であると推定される、失敗のリスクを賭けて可能な限り高い貨幣的報酬を得ようと法律家を志す者もいるが、真の詩人は詩集が売れなくても詩作活動をやめようとはしないであろう、等々と述べられている。
はい、まことに。真の歌人は歌集が売れなくても歌作活動をやめようとはしないであろう。＾ ＾：；
ここから中西は〈遊び〉に注目する。今われわれは労働vs遊びという近代の二分法を超えて、“〈労働〉的要素は依然強いが〈遊び〉的要素も含むようになっている活動”を、自らの日常的行為モデルとして考え始めている、というのである。そこから彼は近未来の自由人＝“遊ぶ人”のイメージを次のように言う。
自己満足 →〈賭け〉〈賞〉→ 他者によるその貨幣的評価＝〈価格〉→ 多数の人々の〈称讃〉、という円環的な報酬体系が想定される。この円環中に置くなら《賃金》はその一極を占めるにすぎない。初発の自己満足も最終的な他者の称讃も非貨幣的な報酬である。
ふっと思ったのは俵万智さんのようなケースだ。最初はノートに短歌を書いていた、それによって何がしかの自己満足は得られたであろう。しかしその作品を賭けとして短歌賞に出してみたら受賞することができた、さらにその作品集を刊行したらそれがベストセラーになって貨幣的評価を得ることもできた。そしてさらには、貨幣的評価を越えて多くの人々の称讃という報酬を得ることもできた。初発の自己満足と、帰着した称讃とは、ともに非貨幣的な報酬である。貨幣的報酬は最後のゴールではなく、媒介項にすぎなかったのでした。
というのは、しかし、まあ、ごく限られた者たちだけにあてはまる話なのではないか？ という疑問がどうしても残る。そのもっと手前に、新自由主義が席巻する世界のもとでの雇用・労働をめぐる諸々の問題が山積しているのではないか。この中西のデッサンの中に、資源・環境問題等々、現在人類が突き当たっている大きな問題をいかに切り抜けてゆくか、というような方向性は見られない。見田宗介『現代社会の理論』（岩波新書、１９９６年）の終章にて、情報化の果てに〈美〉を見通す記述に出くわした時の当惑感を思い出した。
ただ、このくだりは、中西自身にとっては相応の実感を伴う見通しなのかも知れない、とも思った。例えば本書にて中西は、ホッブス、ペティ、スミス、マルサス、リカード、ミル、マルクス、マーシャル、ヒックス、ケインズの賃金論を読んでそれをまとめる、というような作業をなしてその成果を記述しているが、それはそれほど楽しいものではなく〈労働〉に近いだろう。しかし、近未来の自由人について思いを巡らせて記述する段ともなれば、それは〈遊び〉に近いのかも知れない。本書が売れればそれは貨幣的報酬となるが、真の社会科学者は著書が売れなくても著述活動をやめようとはしないであろう。
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