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2016年09月25日11:14

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テレビが持つ“同時性”の妙味を思い出させてくれたスポーツ中継、2つ。

ひとつは、23日の金曜日に行われた大相撲13日目の、豪栄道対日馬富士の一戦です。たまたまテレビをつけたら、二人が呼び出されたところでした。ふと気づいたら、呼び出しさんたちが懸賞金の垂れ幕を持って2周しているではありませんか。一周する人数が14人でしたから、懸賞が28本付いているのか、すごい、と思いました。そしたらさらにもう一周(つまり3周)したのが11人(だったと思う)いました。

そして仕切りに入った日馬富士が、かなり後ろに足を置いています。こういう時は、思い切って飛び出すのだと聞いたような。これは立ち合いを見逃せないぞ、と坐りなおします。そして制限時間の少し前に仕切りを終えて塩を取りに戻るとき、二人がにらみ合って動きません。その前からの緊張感が半端なかったので、おおやはり、という感覚でした。見ているこちらも緊張感が高まる。これがスポーツ中継の醍醐味ですね。

そして勝負は、日馬富士が優位に立ったと見えた一瞬、豪栄道が首投げを決めて逆転勝利。このあと何度もニュースで勝負が決するシーンを見ましたが、その場面だけを見ていても、あの仕切りからの盛り上がり、そして大逆転に至るドラマチックな面白さは感じませんでした。つまり、同じ時間を共有して、その瞬間を見届けたという同時性の味付けが大きかったと思うわけです。

もうひとつはその夜、プロ野球の巨人対DeNA戦です。1回と2回に巨人が1点ずつ取ると、3回表にDeNAが同点に追いつく。するとその裏巨人は村田の2ランで突き放します。僕は阪神ファンなので、最下位争いをしているチームにとって上位の争いは無関係ですから、そのあたりまではちらちらと経過をネットで見ているだけ。ああ、これで巨人がCSのファーストステージを主催できるなと思っていました。

そしたら6回にロペスが2ランを放って追いつき、さらに7回には白崎のホームランで勝ち越したと速報が。こりゃおもろい、とテレビの前に坐りなおしたわけです。すると2死1、3塁で先ほどホームランのロペスが打席に入ります。ロペスという選手は巨人に入団し、1年でクビを切られた選手です。それがDeNAに移ってから大活躍。僕はアンチ巨人でもあるのでロペスを応援していました。

そのロペスが四球を選んで満塁。続くは“全日本の4番打者”筒香です。僕は“四球の後のファーストストライクを逃すなよ”と、監督のような気持ちで見守りました。すると初球の外角球を一振り。打球は右中間スタンドへと飛び込みました。こんな快感は、今年初めてのことでした。つまり“ここでホームランを打ってくれ”という僕の期待に、今シーズン初めて応えてくれたのは、阪神タイガースの誰でもなく、DeNAの筒香だったわけです。

今年僕が見た阪神の試合で、こんなシーンは一度もなかったのに、たまたま見たDeNAと巨人の試合で“夢が現実になる”とは! これも中継を見ていた同時性の面白さを存分に発揮した感動でした。だからプロ野球ニュースで見直しても、“おっ!”という驚きと、願いがかなった幸福感はイマイチです。

かつてエド・マロー(この名前を知らない方は「グッドナイト&グッドラック」をご覧ください)は、ナチスドイツによるロンドン空襲を短波放送でアメリカへ同時中継しました。“今爆弾がビルを壊しました。もうすぐ音が聞こえるでしょう”というアナウンスは強烈です。そのマローはテレビの時代には、スターや有名人のお宅にカメラを持ち込み、生中継でインタビューしました。

テレビの面白さは、その同時性にこそあると僕は考えています。それを忘れて、映画や演劇の真似事をしたり、バラエティー番組(これも同時性の妙味は少しありますが)のありきたりな笑いを茶の間に送り届けている。台風被害の現地からの中継だって、あらかじめ用意したストーリーに沿った描写がとても多い。そんなことだから若者がテレビを見なくなっているとも言えると思う。

大相撲とプロ野球という、生活必需品ではない番組が、テレビの本質である同時性の妙味を思い出させ満喫させてくれたということは、実に皮肉なことだと思います。
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