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2016年09月05日06:01

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この映画の手柄は、すべて吉田秋生にあると考えたい。是枝裕和監督「海街diary」(2015)。

鎌倉の一軒家に住む3人姉妹のところに、母親と別れて別の女性と暮らしていた父親の訃報が届き、山形で行われた葬儀に参列した3姉妹は、そこで腹違いの妹と出会う、という作品。30歳を過ぎた長女・幸(綾瀬はるか)、以下次女・佳乃(長澤まさみ)、三女・千佳(夏帆)が、15歳の末娘・すず(広瀬すず)と同居しはじめる。

まず広瀬すずが演じる末妹のキャラクターが魅力でした。だから、ちょうどAKB48のバラエティー番組を見て僕が楽しんでいる、その感覚で見続けることができました。そうです、AKB48グループ(乃木坂48とはコンセプトが違います)は、僕にとって娘(孫娘でもいい)たちのおしゃべりを眺めるという感覚。そこそこかわいい連中が、本来テレビなどで見せてはいけない一面をさらけ出してしまう、そんなドジさを愛しく見つめるものです。

とはいえ、この「海街diary」には頭にきました。何かというと、冒頭40分程度のところまでに物を食べるシーンが7回あるということ。それはさらに続き、1時間までに10回ありました。そのこと自体は本来苦痛ではないはずなのですが、そろいもそろって口の中に食べ物を含んだままセリフをしゃべる。これが僕には我慢ならないのでした。AKB48の食レポにも、こういうことが多くて嫌になっています。

さらに、末妹のすずに対して、“かきこまない”と注意する長姉が、ハシの握りがなっていない(と僕には思える)ところが我慢ならない。座敷に足を投げ出して座るなどというのは、今では仕方ないと言えるけれど(だったら鎌倉の一軒家に住むなと言いたい)、やはり映画というフィクションにおいては、そしてこの映画のように“美しい4姉妹”を描くのが目的ならば、そんなリアリズムは不要だからです。4姉妹の排便シーンがこの映画に登場したら、そんなものクソリアリズムだと誰もが思うはず。でも食事のシーンだったら思わないというなら、それは間違っている。

ということで、風吹ジュン演じる食堂のおばさんや、レキシさん(池田貴史)はいい感じでした。4姉妹の彼氏たち(すずの相手は彼氏じゃないけど)も邪魔にならないのが好ましい。一方で、母親(大竹しのぶ)や伯母(樹木希林)たちは、マンガ的に誇張しすぎている。←原作がマンガだからというバカな言い訳は慎んでもらいたい。僕は映画として観賞しているのです。まして僕の贔屓女優・中村優子に、あんなバカなキャラクターを演じさせるなんて。←谷口めぐにバカなキャラをふる「AKBINGO!」と同程度だと思う。恥を知れ。

つまり僕は「海街diary」を評価しているわけです。僕が指摘した欠点が克服されていたら、小津や成瀬の作品と並んでいたはずなのに、レシピ本とのタイアップのせいみたいな、むやみと食事場面ばかり挿入したり、冒頭、次姉の足のクロースアップから始まるという、AKBのこじはるみたいな安易なセクシーさを売りにしてみたりと、程度の低い観客サービスを連発されたら困るのです。←セクシーが売りなら、もっと上品なセクシーさを出しなさい。なら大歓迎だ。

この程度の作品が“日本アカデミー賞”ということは、日本アカデミー賞というものの程度が知れる。ま、昔からこの程度の“各社公平に回り持ち受賞”というお手盛りだけど、もうちっとうまく立ち回ってくれよ。はいみんなで声をあげましょう。“わ、わしの望みは、もうちいと大きい!”(by「七人の侍」の山形勲)と。映画を制作しようとする方は、もう少し勉強してね。

ということでこの映画でよかった部分は、すべて原作者吉田秋生のおかげだと結論づけたいと思います。でも、広瀬すずは原作者の力じゃないか。
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