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2015年04月22日22:53

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この人は変態だよなあ

バカと天才は紙一重とはよく言うが、変態と天才も紙一重とも言えるのではないかと思う。
後世に残るような作品を遺せば天才で、そうでなければただの変態。文学界や美術界を見渡してみるとそういう天才も決して少なくなかったろうと思われる。クラシック音楽界なら、おそらくその最右翼として挙げるにはこの人をおいてほかにない。おそらくモーツァルトですらこの人の右には出られないだろう。

アレクサンドル・スクリャービン

ラフマニノフと同期のロシアの作曲家である。
ピアニストとしても作曲家としてもラフマニノフとは終生のライバルであり友人であった。
ラフマニノフがロマン派的な、あるいは誤解を恐れずに言えば退嬰的な作品を作るにとどまったのに対し、スクリャービンは現代音楽への扉を開いたと言われるほどの作品を遺した。あの当時スクリャービンの曲は明らかに前衛だったのだろう。

スクリャービンといえども最初から前衛街道まっしぐらだったわけではなく、ショパンの影響が濃厚なロマン派的音楽から出発している。
しかも連綿とした後期ロマン派的雰囲気が濃厚なのである。むせ返るようなロマンティシズム、腐る一歩手前の爛熟した官能美、まさに頽廃と耽美を極めたような作品が多い。
そして神智学に影響を受けて独特の神秘和音というものを生み出してから調性にとらわれない音楽を作るようになる。これが現代音楽つまり無調音楽への扉を開いたと言われる所以である。

これだけならシェーンベルクやドビュッシーと並ぶ偉い人で済んでいた。
しかしこれだけではスクリャービンの変態性を説明したことにはならない。

スクリャービンの代表作のひとつに『法悦の詩』というのがある。単一楽章で書かれた交響曲(番号は4番)である。法悦という宗教的な言葉が付けられているが、英語だと『The Poem Of Ecstasy』になる。
そう、エクスタシーなのだ。
大管弦楽による官能的な響きの曲は「オーケストラによるポルノ」と言われることすらある。
それがポルノかどうかはともかくとして、彼が多くの曲でエクスタシーを描こうとしたのは間違いのないところだろう。
『法悦の詩』と姉妹作のような同時期のピアノ・ソナタ第5番も同様。
そしてこの二作は後期ロマン派的な作風からイッちゃった世界に行ってしまう境目の作品でもある。この後スクリャービンは完全にあちら側の住人になってしまうのだ。

こちらの世界にサヨナラを告げた彼は神秘和音という調性では解決できない和音を生み出す。
いわゆる無調の世界に飛び込んで行ったのだ。
その名の通り極めて神秘的な響きの和音で、その蠱惑的な美しさには麻薬的な魅力がある。調性感は残っているものの無調音楽なので聴きやすいとは言えないが、その星の瞬きのようなキラキラした世界はこの世ではない美しさに通じているような気がする。
前期の連綿たる後期ロマン派の耽美な世界と世界観自体は変わっていないのではないかとすら思う。
スクリャービンが描いたのは、めくるめく官能であり、腐る寸前の頽廃であり、むせ返るようなロマンティシズムであり、手の届かぬ理想郷であったのではないか。

鍵盤を押すと色彩が発せられるような色光ピアノなるものを考えたり、音楽に香りを導入しようとしたり、常識から逸脱したようなアイデアをいっぱい持っていた。普通に長生きしていたらさらに奇人変人として有名になったことだろう。

こんなイッちゃった作曲家はほかにいない。

スクリャービンのピアノ曲では粒立ちがよく美しい音色が求められる。
さらに強靭な左手も。
技巧に任せて弾いてしまってはその妖しい世界を描き切ることはできない。かといって情緒的過ぎるとしつこくなってしまう。
そのあたりの塩梅が非常に難しい。
最近は清潔感のある音色で弾かれた方がその美しさが際立つのではないかという気がしている。

今年はスクリャービン没後100年にあたり、DECCAから(ほぼ)全作品を収録したBOXがリリースされた。
かなり新しい録音も含まれているようで、これはお得かもしれない。
かつては録音自体が少なかった。ピアノ・ソナタの全集など選ぶほどなかった。
今は録音も多くなり、リサイタルで取り上げられることも少なくない。
いい時代になった。

三浦友理枝さん、そろそろスクリャービンを録音してもいいんでないかい?
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