タイトルでドール+フィギュアのドルフィーを思い浮かべた方、ごめんなさい。全然関係ありません。ま、せっかくですからお付き合いくださいな。
先週末くらいからエリック・ドルフィーが無性に聴きたくなってしまった。
エリック・ドルフィー(1928〜1964)、モダン・ジャズ・ジャイアンツのひとり。などということは今さら言うまでもないだろう。優れた技巧と独特のアドリブ・センスで新しいジャズの扉を開けようとした人だ。
3種の楽器を自在に使いこなす。アルト・サックスとフルート、それにバス・クラリネット。このバス・クラリネット(略してバスクラ)をソロ楽器として導入した功績は大きい。確かにシングルリードだからサックスとは同属と言えるが、テナー・サックスでもなくバリトン・サックスでもなく、バスクラを選んだのはやはりその音色によるところが大きいのだろう。
さて、このところ集中的に聴いているのは『At The Five Spot』と題された1961年のライヴ盤。ドルフィーには名盤がたくさんあるが、ホットという点ではこれに勝るものはないと思う。
正規盤2枚分にボーナストラックを合わせて2時間程度。ここには耳に優しいメロディーやムーディーな雰囲気はない。即興演奏に命を懸けた音楽家たちの一夜の記録。
エリック・ドルフィー(alto、b-cl、fl)
ブッカー・リトル(tp)
マル・ウォルドロン(pf)
リチャード・デイヴィス(b)
エド・ブラックウェル(ds)
パーマネントに稼動することができたら、歴史を作ったコンボになっていたかもしれない。この録音の後すぐにブッカー・リトルが早世してしまったことで、それは「たられば」の話になってしまった。
享年僅か23歳。夭折の多いミュージシャンの中でもとりわけ早い。遺された録音は少ないが、大好きなトランペッターだ。ここでも、流れるようなフレージングとリリカルな音色で魅了する。この盤はリトルの代表作と言うこともできる。
もちろん、ドルフィーも素晴らしい。独特の節回しというか、音の組み立てでアドリブを構成するので、最初はその個性ゆえにとっつきにくさを感じるのだが、実はとてもストーリー性の高いソロなのだ。新時代を感じさせる斬新さはあるが、コード進行から極端に逸脱したものでもない。それゆえエモーショナル。フルートによる『Like Someone In Love』の美しさは筆舌に尽くし難い。私にとってドルフィーは最高のフルーティストでもある。
フロントがこれだけかっ飛んでしまうとリズムセクションは大変だったろう。
これほどの個性的なメンツの中にあっても一聴してそれとわかるマルのピアノというのも恐ろしい個性だと思う。決して音数が多いわけではないが、見事なソロを聴かせる。『レフト・アローン』の印象が強いわけではないだろうが、マルのピアノには常に寂寞感が漂っているような気がする。
リチャード・デイヴィス、60年代の名盤の多くでこの人の名前を見ることができる。この手の新しいジャズには必要不可欠のベーシスト。超絶技巧だ。しかもブンブン唸る。この人のベースも好きだなあ。
エド・ブラックウェルのドラミングも素敵だ。奔放なようで安定感がある。どっからでもかかって来いよ、と言わんばかりのケンカ腰。強烈なドライヴ感に翻弄される。
この盤の凄いところは、各人それぞれが結果としてそれぞれを代表するプレイを披露していることだ。そして、理屈抜きでカッコいいのだ。
ちなみに、このとき諸般の事情によりピアノのチューニングが乱れていたようだ。それでも音楽として成立しうる。ジャズという音楽の一回性あるいは偶然性を象徴していると言えそうだ。クラシックではありえない話。
しかし、ドルフィーもこの3年後にヨーロッパで客死する。
36歳、あまりにも早すぎる死だった。
新しい音楽を拓こうとした彼は音楽の地平に何を見ていたのだろうか。
遺された録音を聴くにつけ、そのことに思いを馳せずにはいられない。エリック・ドルフィーはいつだって刺激的な存在なのだ。
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