パナソニック汐留美術館で開催中のモロー展に行ってきた。
ギュスターヴ・モローは昔から大好きな画家である。
神話や聖書をモチーフに象徴的な作品を多く残している。
この展覧会は「サロメと宿命の女たち」と題されていて、モローを巡る女性あるいはモローが描いた女性をテーマにしている。有名なサロメの連作が中心になっている。
世紀末デカダンを象徴する新約聖書の女性サロメ。
モローのサロメはワイルド&ビアズリーのサロメに先立つものだったことは注目すべきである。
テーマは共通しているとはいえ、モローのサロメは純潔の象徴の百合を持つなど、ハイティーンの少女という側面が強く表れている。
ワイルド&ビアズリーが頽廃的で官能的かつ妖艶な女性として描いたのとは対照的である。
たいていは目を閉じ、そうでなければ空中に浮き出たヨカナーンの首と対峙するようにキッと目を見開いている横顔で描かれている。強い少女であることは間違いないのだろう。
そんなモローのサロメだが、正面からとらえたあどけない表情のサロメがいた。これは初めて見た。
美しい肌と幼い顔立ち、本来のサロメの姿なのかもしれない。
サロメ以外にも名作が来ていた。
比較的大きな油彩画が多く、モローらしい細密画のような小さな水彩画は少なかった。
そういう点ではモローの一面にクローズアップした展示だったように思う。
やはりモローの画業全体を俯瞰するにはもっと規模の大きな展覧会が必要なのだろう。
愛弟子ルオーに直截的な影響を与えたと思しき作品もあり、それは収穫だった。
さらに抽象画の先駆と言うべき作品もあり、モローの先進性を垣間見ることもできる。
残念だったのは館内の監視員がプロでないように見えたこと。
観覧者に不快な思いをさせるような行動がちらほら見受けられた。
私も最後の最後に意味の分からないことで注意された。たぶん注意した本人自身もわけわからずだったのだろう。言っていることが全く意味不明だった。こちらは美術館に行き慣れていて、最低限のマナーは守れていると自負している。注意されるような行動はなかったはずだ。何を言われたのか少し考えてから詳しい説明を求めようと思ったら、すでにそこにはいなかった。
ポストカードも十分に揃っていない。
先述のいかにも少女らしいサロメがないのはどういうこと?
というわけで、充実した展覧会ではあったのだが、残念なことも多かった。
美術館は非日常の空間である。それを演出する役目を担っているのだとスタッフには自覚してほしい。あなた方の無神経な言動で印象が一変してしまうのだから。
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