mixiユーザー(id:3696995)

2015年08月12日21:33

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かつてこんなアイドルがいました

BABYMETALがアイドルだというなら、この年で初めてアイドルにハマったということになる。
70年代の黄金期、特定のアイドルに入れ込むということはなかった。
太田裕美はずいぶん聴いたが(80年代初頭までのLPは全て持っていた)、彼女はアイドルという立ち位置とはちょっと異なっていたように思う。
久保田早紀はお人形さんのようなルックスではあったがアイドルではなかったし。

なんてことを考えていたら、そういえばこんなアイドルがいたな、と思い出した。

80年代末から90年代初頭にかけて活動していた。
アイドルのあり方が多様化し、ピンの正統派としては逆風の時代、そんな背景を考えればがんばっていたように思う。
吉田真里子という。
おそらく知名度は低いに違いない。

CBSソニーからシングル多数とアルバム4枚とベストを1枚リリースしている。
儚げでやや翳りのある彼女の声を生かすような曲作りがされていた。

何がきっかけで彼女を知ったのか覚えていない。
最初に聴いたのは2枚めのシングル『さよならのリフレイン』だったように思う。

もちろんその当時もジャンルを問わずに聴いていたわけだが、さすがにアイドルを聴くというのはほとんどなかった。
吉田真里子は私にとっては異色の存在だったのだ。

笑顔よりも困ったような顔が似合う子である。

CDはすでに廃盤になって久しい。
アルバムは全て持っていたのだが、ずいぶん前に手放してしまったようだ。
中古店に行くとたまに探してみるのだが、なかなか出回ることもない。
bookoffで通販をやっていると知って検索をかけてみたらヒットした。なのでついポチッとしてしまった。

1st『詩華集』、2nd『ポルトレ 〜肖像〜』、3rd『拝啓、愛しの友達』の3枚。

改めて聴いてみても3枚ともなかなかいい出来である。
等身大というよりはちょっと背伸びをしたような世界観。マイナー系の曲調が多いのは彼女の甘えたようで翳りのある声に合わせてのものだろう。そのちょっとクセのある発声が好みを分かつかもしれない。
あの時代でなければもっと売れていただろうと思う。強烈な個性を押し出せなかったのが惜しまれる。

4枚目のアルバム『クレセント』を出し、ベスト・アルバムをリリースし、レコード会社との契約が打ち切りとなる。
このころから作詞作曲を手掛けるようになり、のちにインディーズ・シーンでシンガー・ソングライターとしてブレイクした(らしい)。その頃の作品は聴いたことがないのだが、アイドル時代からその資質はあったのだろうという気がしている。曲を与えられてそれを歌うというだけではなかったように思えるのだ。

まだ大量生産・大量消費ではなかった最後の時代だったかもしれない。
そうした時代の境目にあってはその曲や歌声は切なすぎたのかもしれない。
一般的な人気を得ることはできなかったが、それでも熱心なファンが今でも多いようだ。
彼女の醸し出す雰囲気と世界観がうまく一致していて、今となれば十分な個性のように思える。

2枚めのシングル『さよならのリフレイン』。


そして1stアルバム『詩華集』の最後を飾る『翼になりたい』。

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