BABYMETALの昨年のロンドン公演の映像作品(プラス幕張での日本公演)を見た。
現地の熱狂ぶりが伝わってくるようないい作品に仕上がっている。
神バンドは完璧な演奏を繰り広げ、SU-METALとYUIMETALとMOAMETALは完璧なパフォーマンスを見せる。
いや、待てよ。
このときよりも今年の新春キツネ祭りの方が完璧だったはずである。
それよりもつい先だってのワールド・ツアーでのパフォーマンスの方が完璧だったのではないか。
ベビメタはライヴをルーティンワークに貶めない。
少しずつクオリティを上げてくる。
もしクオリティを下げてしまったら、それこそ「正当な」非難や批判が集中するだろう。
多くの聴衆を力で捻じ伏せてきたということはそういう宿命を負うのである。
今まで正式にリリースされた映像作品にはライヴが9本収められている。メンバー限定盤を含めれば10本、アルバムの限定盤に付いていたものを含めると11本になる。それらの曲はほとんど変わらない。いくつか曲が増えているとはいえ、ほとんど同じセットリストだと言ってもいい。
それなのに飽きさせない。何度でも見させる。
それはどんどんパフォーマンスのクオリティが上がっているからだ。
いちばん古いライヴは2012年である。
最初にこの映像を見たとき、この子たちは凄いと思った。
しかし、2014年3月の武道館を見た後では、やはり粗さを感じる。
かなりの完成度だと唸らされた武道館だが、それでも今回リリースされたロンドン2公演と幕張ではさらにクオリティが上がっている。単に細かいところが合うようになったというだけでなく、動きがよりダイナミックになっているのだ。
YUIMETALとMOAMETALの二人だけで歌い踊る『おねだり大作戦』という曲がある。
想像だが、スタッフ側は全ての曲をライヴで実現することになるとは考えていなかったのではないか。というのも実現が著しく困難な曲があるからだ。それが『おねだり大作戦』だと思うのだ。
昨年の武道館より前のライヴではリップシンクだった。映像作品として残っているものもリップシンクである。平たく言えば口パクである。というより、どの曲でもYUIとMOAの合いの手のほとんどがリップシンクだったのだろう。
『おねだり大作戦』はまずダンスが激しい。二人だけで広いステージを縦横に駆け回る。まず、このダンスを踊りながら歌うというのは非常に困難なことに違いない。それゆえか生歌で披露することはないと考えていたのだろう。息継ぎのタイミングがないのだ。ライヴで歌うことを想定して作られた曲ではないと思うのだ。
当然のことながらメイン・ヴォーカルのSUよりも二人のダンスは動きが激しい。ダンスに専念するためにリップシンクを採用したことは理解できる。SUが全編生歌で歌うことを思えば、許容できるレベルだと思う。
しかし、武道館以降、YUIとMOAのパートも生歌になる。
もちろん『おねだり大作戦』もだ。だが、やはり息継ぎのタイミングが難しく、しかも激しく踊りながらなので、フレーズの最後で声が途切れる。いや、これは普通に歌ったとしても難しい。譜面にしたらおそらく休符がない。CDバージョンを完璧に再現することは非常に困難であろう。
しかし、ほかのベビメタの曲同様『おねだり大作戦』も生歌バージョンの方が圧倒的に良い。多少瑕があっても生歌の方がいいに決まっているというだけでなく、そこに不可能を可能にする彼女たちの熱意がこもっているからなのではないかとも思うのだ。
そして驚くべきことに、昨年7月のロンドンではその息継ぎのタイミングが非常に滑らかになっている。苦しくて声が途切れてしまうということが少なくなっている。さらに9月の幕張、11月のロンドンではそうした瑕がほとんどなくなってきている。
どれだけレッスンを積んだのだろうと思う。
激しく踊りながら歌うということがどれだけ大変なことか、この二人の進化を見るにつけ思い知らされる。
そんな見方ができるのだ。
『おねだり大作戦』はほんの一例に過ぎない。
彼女たちの映像作品はまさに記録なのである。
同じセットリストで飽きる、などとよく言えたものだと思う。
ほんの少しクオリティを上げるためにも想像もつかないほどの努力をしているはずなのだ。
それゆえに手練れの神バンドの連中ですらも彼女たちには畏敬の念を抱いているのだろう。
というわけで、ベビメタの映像作品は見応えがある。
ことにロンドン公演は日本とは盛り上がり方が違っているので新鮮だ。
海外の人たちを日本語の歌でこれほど熱中させてしまうのだから、まったくもってアンビリーバボーである。
何度見ても楽しめるベビメタの映像作品ではあるが、早く新春キツネ祭りを出してくれないかなあ。。。
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