mixiユーザー(id:3696995)

2014年12月17日21:56

878 view

ピアノの神様

超絶技巧をウリにしつつも、硬質な抒情性で魅了するピアニスト、ユジャ・ワンが日本に来ている。
チェロのゴーティエ・カプソンとのデュオ・リサイタルを終え、あとはコンチェルトを残すというところだろうか。今回は聴きに行けなかったが、次にリサイタルで来るときには絶対に行きたいと思う。
意外にと言っては失礼だが、実際の彼女は可愛いんだよね。
そんな彼女のアルバムに『FANTASIA』というのがある。アンコールピースを集めたご機嫌なアルバムだ。
そのアルバムにボーナストラックとして収められている『Tea For Two』。『二人でお茶を』の邦題で知られるジャズ・スタンダードである(原曲は歌もの)。
ユジャはこの曲をアート・テイタムのアレンジ版で弾いている。

「昔ね、こんなすごい人がいたのよ」というユジャのメッセージではないかと思っている。

アート・テイタム、ジャズ・ピアノの神様と言われることもある。
モダン・ジャズのピアノを確立したのがバド・パウエルだとするなら、モダン・ジャズに至る道筋を付けたのがアート・テイタムということになろうか。
片方の目には視力がなく、もう片方も極度の弱視だったと言われている。もともとはクラシック・ピアニストを目指していたが、黒人だということで門戸を閉ざされてしまう。そのため仕方なくジャズを弾き始めた。

そういう時代だったのだろう。
余談だが、アート・ブレイキーがジャズ・メッセンジャーズを率いて来日した際、終演後にファンが写真撮影をお願いしたという。そのときブレイキーは「オレは黒人だぜ。一緒に写っていいのかい?」と答えたという。
悲しいエピソードである。
すでに名ドラマーとしての地位を確立していたブレイキーにさえこういうことを言わせてしまう。人種差別というものがいかに理不尽で悲惨なものかを物語るエピソードと言えよう。
その際の日本での歓迎ぶりにブレイキーはすっかり気を良くし親日家になったというのは嬉しい話ではあるが。

話を戻すが、ジャズ・ピアニストとなったアート・テイタムはかつてなかった演奏スタイルで評判になる。
超絶技巧なのである。
左手がコードで右手がシングル・トーンという後のモダン・ジャズの奏法ではなく、十本の指を駆使した奏法なのだ。こんなジャズ・ピアニストは先にも後にもいない。クラシックを学んだというあたりが生かされているのだろう。
メロディーのフェイクのセンスも、アドリブの組み立ても、もちろん超絶技巧も素晴らしい。しかし唯一無二だったゆえにフォロワーが出なかった。
主にソロで活動していたようで遺された録音もソロが多い。

クラシック界の名ピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツがその演奏を聴き「クラシック界でも巨匠になれたろう」と言ったそうだ。さらに義父である名指揮者アルトゥーロ・トスカニーニを連れてきたところ、トスカニーニもまた驚嘆したという。
トスカニーニとホロヴィッツを唸らせるなど、そうそう簡単なことではないはずだ。
またヴァルター・ギーゼキング(ピアノ)も演奏を聴きにクラブによく訪れたという。

今アート・テイタムのアルバムは国内では晩年にベン・ウェブスター(ts)を招いたカルテット編成のものしか出ていない。これも名盤なのだが、多くの作品は輸入盤でしか手に入らない。さらに入手困難なものも数多い。

モダン・ジャズがコードによるアドリブを身上としていた以上、ピアニストはコードを押さえなければならないという制約がある。そうピアノはリズム・セクションでもあるのだ。
アート・テイタムの場合はおそらくメロディーの変奏なのだろう。なので両手を自由に動かせる。
つまりフォロワーが出なかったのは技巧の問題だけでなく、ジャズのスタイルが影響していたということになりそうだ。
だったとしてもアート・テイタムの技巧はやはり超絶的であると思う。

もしユジャの弾く『Tea For Two』をいいと思ったら、アート・テイタムにもちょっと手を伸ばしてみてほしい。

ライヴを終えたアート・テイタムは隅の席に座りビールを飲みながら手をさすっていた。
それを見た店のマネージャーが「アート、どうした?」と声をかける。
「ああ、ちょっとガンガン弾きすぎたらしい」と彼は答える。「手痛む」

はは、お後がよろしいようで。。。


では、アート・テイタムとユジャ・ワンで『Tea For Two』をどうぞ。




2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2014年12月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031