音楽はコンサートやライヴで聴くのがいちばん。
確かにそうだろうとは思う。今年も忘れえぬものがいくつもあった。
イザベル・ファウストがシャコンヌを弾き終えた後の水を打ったような長い静寂。消えてしまった音の名残を惜しむかのようなその時間。そして構えを解いてから会場全体が揺れるかのような万雷の拍手。そうした空気というものはその場にいなければ味わえないものだろう。
しかし、本当にベストと言えるのか、必ずしもベストとは言えないのではないか、と最近は疑問に感じている。
演奏者が最良のパフォーマンスをしてくれるのか、聴くのに最も相応しい席を確保できるのか、そんなことはむしろ些細なことのように思える。
いちばんの問題は演奏中に騒がしいということなのである。
一昨日のゲーテ座はかつてないほどにひどかった。
始終なんらかの物音がしていたのだ。
過去のゲーテ座ではそんなことはなかったので、今回たまたまそういう客が多かったのだろう。
パリパリという音はのど飴かなんかを出すときの音だろう。
シャリシャリ、カサカサはパンフレットをいじっている音。
それらが至るところで鳴っている。
さらに、いびきあるいは激しい寝息、じゅるじゅると鼻をすする音。
潜めた話し声。
まあ、雑音見本市である。電子音がなかったのが不思議なくらいだ。
挙句の果てに幻想ポロネーズの最後でピアノの音が鳴りやまないのにフライングの拍手。100人の感動をぶち壊すような拍手だった。
このところこういうことが多い。
先日のオペラシティ・コンサートホールでは、すぐ近くで演奏中に書き物をしている客がいた。しかも親子二人で。演奏の感想を書いていたのだろうとは思うが、書く音やノートをめくる音やペンをノックする音、それらは意外に響くのだ。隣のおじさんは演奏が始まったとたんに眠り出すし、その寝息がひどく、さりげなく膝をぶつけて何度か起こしたものである。寝ていたのは現代曲のときのみ。興味がないのでおやすみタイムと決めていたのだろう。
気持ちよくてうとうとしてしまうのはわかる。そのことが悪いとは言わない。
しかし激しい寝息は立派な騒音である。いびきは論外。
ほかにもチロチロ頻繁に鈴を鳴らしているのがいたり、携帯音楽プレイヤーかラジオを鳴らしているのがいたり、演奏中に怒鳴り出すやつがいたり、今年は本当に奇妙な事象にたくさん遭遇した。
不思議なものでよほどのことでもないかぎり、普通の咳なんかはあまり気にならない。
気を付けていても出るときは出てしまう。それは誰にでも起こりうる。なので会場ノイズとして許容できるものなのだろう。
ちょっと気遣いをしさえすれば起きるはずのない音が鳴るからイライラするのである。
おそらく無神経に音をさせることに腹が立つのだ。
やむをえない物音に関しては誰も文句は言いはしない。たぶん。
昼間(ことに平日)の郊外でのコンサートは要注意というのはよく言われることだが、夜の都心のコンサートでもひどくなっているように思う。
演奏は素晴らしいのに、周りの客にイヤな思いをさせられるということが多くなっているような気がする。
運が悪いで済ませるには多すぎる。
こういうことが続くとコンサートに行くこと自体を考えてしまう。
もう20年以上前の話になるが、隣のご婦人の化粧品の匂いが酷く、気分が悪くなり曲の合間に席を立った。その席に戻る気がせず、気分もすっかり盛り下がってしまったので、結局そのまま会場を後にした。
その後、今世紀に入るまですっかりコンサートから足が遠のいてしまった。
実は若い人よりも年配の人の方がマナーの悪さが目立つ場合が多いのだ。
クラシックのコンサートだからといって神経質になる必要はない。リラックスして聴けばいい。ただ、周りに迷惑をかけないようにしようという当たり前の配慮さえあればいいだけである。
ゲーテ座には小さな女の子が来ていた。幼稚園生くらいだろうか。おそらくピアノを習っているのだろう。
そういう子が実演に触れるというのはいいことだと思う。しかし、一時間静かに聴きとおすのが難しい子だっているだろうと思うのだ。
この日のプログラムはショパン名曲集ではあるが、メインが15分くらいかかる幻想ポロネーズで、さらにシマノフスキを潜ませるという内容では、未就学児童にはいささかハードルが高かったのではないだろうか。
前で見たいとその子が主張したので、最前列のいちばん端に父親と二人で座った(ゲーテ座は自由席)。ふたつしか空いていなかったので、母親とその知り合い(?)は何列か後ろの席へ。
その子は結局始まったとたんに父親の膝に伏して寝てしまった。まあ、それはいい。
しかし、後半に起きてからがひどかった。父親と話をするし、何度も立ったり座ったりを繰り返すし、ずりゅっずりゅっ、ずりゅりゅりゅりゅ〜と鼻をすするし、まあやりたい放題。
しかも最後は「長い」と文句を言う始末。
隣や後ろの人たちは大変だったろうと思う。
だいたい父親からして最初から飽きている。
せっかく聴きに来たのだろうから、と実は開演前に席を替わってあげてもいいかなと思っていたのだ。こちらは手元がよく見える席。ピアノを習っているのならこういう席が良かろう、と。
しかし、なんだかぶーたれている態度に考えを改めた。おまけに鼻をほじってその指を舐めているのを見て(たぬ〜によると何度もやっていたらしい)、その考えを完全に放棄した。
実際のところ替わっていたら、被害がより拡散しただろうから、正しい判断だったと思う。
子どもに音楽はわかるまい、などと言うつもりは全くない。
むしろ子どもの方が純粋に音楽を捉えられるのかもしれないと思う。
ただ、子どもにとってじっと座っているのは大変なことに違いない。だいたい大人だってすぐに飽きてしまうのがいるくらいなのだから。
そのあたりの線引きが難しい。
先月のみなとみらい小ホールでのコンサートは夜なのに小さな子が多かったのだが、演奏中は静かだった。
年齢ではなくその子によるのだろう。
仲良しのお転婆娘ことにょっきは三歳からヴァイオリン(とピアノ)を始め、コンサートに行くことをずっと夢見ていたそうだ。もともと行儀のいい子だったのだろうとは思うが、録画した音楽番組をじっと座ったまま見るというトレーニングをしていたそうだ(今でもしている)。コンサートの予行演習も兼ねて、たとえその曲が興味のないものだったとしても、どこかいいところがあるというのを見つけるトレーニングでもある。
そこまでしろと言うつもりはないが、段階を踏んでいく必要はあるだろうなと思う。そうでないとやはり子どもが可哀想だ。コンサートがトラウマにならないためにも。
ま、今回のゲーテ座の子は全くダメージなど受けていないだろうが。おそらくその子はコンサート中は静かにしていなければならないということを全く学んでいない。お手本になるようなピアニストが弾いているのに、何も得られはしなかったろう。
親も周りに迷惑をかけたなんてことはこれっぽっちも思っていいないだろうし、そういうような振る舞いだった。終演後に周りに対して「うるさくしてしまってすみません」の一言でもあればずいぶん印象も違っていたろうにと思う。
鼻をほじった指を舐める(鼻糞を食べる?)という嗜好はともかくとして、その子が悪いとは言わない。子どもだから仕方がないと思えるかどうかは親次第ということでもあると思う。
コンサートの話題からはそれるが、ゲーテ座の帰りに地元の行きつけの焼鳥屋に寄った。
カウンターの隅に父娘がいて、その隣に座った。娘さんはおそらく幼稚園生。ゲーテ座にいた子と同じか少し下なのかもしれない。
焼酎のボトルが入っていたので常連さんらしい。お母さんは仕事なのか、お出かけなのか。
子どもだからはしゃぐことはあっても決してうるさくはない。食べ物で遊ぶようなこともなく、おしゃまな口調でお父さんと話をしている。お父さんが見かけによらず(失礼!)口調が優しいのだ。一度その子が椅子に立ってジュースを飲もうとしたとき、頭ごなしに叱るのではなく「パパはそういうの好きじゃないな」と窘めた。
そして帰るとき「うるさくてすみません」というようなことを言っていた。いや、全くうるさくなどなかった。ゲーテ座のことがあっただけに、微笑ましかったくらいだ。しかし、その気遣いがいいではないか。きっと娘さんもいい子に育つに違いない。
ちなみに、にょっきの最初のコンサート・デビューは一昨年のみなとみらいでの三大コンチェルトだった。
川久保賜紀(vn)と遠藤真理(vc)と三浦友理枝(pf)がそれぞれコンチェルトを弾くという豪華なコンサートで、われわれも聴きに行っていた。
彼女が一年生(!)の夏休みのことである。お目当ては憧れのヴァイオリニスト賜紀ちゃん。
一緒に行ったお母さんは最初のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が終わったら帰ることも考えていたという。お母さんはピアノの経験者なので、後半のチャイコフスキーを聴きたかったそうだが…。
いくら行きたいとせがまれても1曲目がヴァイオリンでなければチケットは取らなかった、運よくすぐに退席できる通路側の席でホッとした、などいろいろ考えていたそうだ。彼女に関する限り杞憂だとは思うが、親はやはり心配なものなのだろう。たぶんそういう配慮ができる親の子どもはきちんとしているのだ。
そして彼女は微動だにせず聴き入っていたらしい。それは2曲目ドヴォルザークのチェロ協奏曲でも変わらず、結局最後のピアノ協奏曲まで真剣に聴いていたという。終演後は大興奮だったそうだ。
その興奮が冷めやらず、帰ってから熱を出してしまったことは、彼女にとって黒歴史となっているようだが…。
こんな子だったら喜んで席を替わってあげたろう。
まあ、彼女のような子の方が珍しいのだとは思うが。
今朝ゲーテ座が騒がしかった話をすると、彼女は「この前もおじいちゃんが周りがうるさかったって言ってた。でもあたし全然わかんなかったんだけど…」と言っていた。おそらくイザベル・ファウストのリサイタルのときだろう。
う〜ん、それだけ聴くのに集中していたということか。その域に至ると雑音は遮断されてしまうのかもしれない。
いやはや、こちらの修業がまだ足りないということか…。
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