横溝正史ネタが続いて恐縮だが…。
私が横溝作品と出会ったのはちょうど『犬神家の一族』が映画化された頃だった。角川文庫が大々的にキャンペーンを行ない、それにまんまと乗せられてしまったということになる。
最初に読んだのは『獄門島』だった。
その絢爛豪華な本格謎解きに魅せられ、それから手当たり次第に読んだ。
当時の角川文庫は推理小説の宝庫で、江戸川乱歩はもちろん、高木彬光、鮎川哲也、土屋隆夫、森村誠一など、多くの作家を擁していた。
高校受験を控えていたにもかかわらず、この年ほど本読んだことはないのではないかと思う。とにかく読んだ。この年の秋ごろには森村誠一の『人間の証明』が映画化され、それも大きな話題になっていた。これらの作家は読書界のひとつのトレンドになっていたと言っても過言ではないだろう。
まさしく濫読だったと思う。
推理小説好きのクラスメートがいて、彼(残念だが女の子ではなかった)と競うように読んだ。
恐ろしいほどの冊数を読んだことになるのだが、寸暇を惜しんで読んでいたという記憶はない。受験生なので少しは勉強したし、フルートも続けていたし、夏まではフェンシングを習っていたし、夏過ぎにはバンドに混ぜてもらっていた。まあ、勉強するふりをして本を読んでいたことは認める。
乱歩は自分の中では特別な存在である。
そして横溝もまた本格謎解きのおもしろさを教えてくれた特別な作家である。
このときはヴァン・ダインやエラリー・クイーンやクリスティなどにはさほど熱中していなかった。海外ものを見直すようになるのはもう少し後のことである。
横溝作品には魅力的な女性(少女も含む)が多く登場する。
『本陣殺人事件』の一柳鈴子はその最もたるものだろう。17歳だが体が弱く、おそらくサヴァン症候群なのだろう。知能の発達は遅れているが、琴が天才的に上手いという少女を横溝は可愛らしく描いている。文庫の表紙になったのは間違いなく鈴子である。着ているのが白い打掛に見えるので花嫁・克子と言われることもあるが、猫が描かれていることと純真無垢な(言いようによってはどこを見ているかわからない)瞳から、鈴子であることは間違いない。猫は花嫁の角隠しではないか、という意見もあるしそういう解釈も可能であるが、敢えて否定するなら花嫁と猫を関連付ける描写はないのである。猫と関係があるのは鈴子にほかならない。それにこの表情は成人女性(しかも克子は教師)ではないだろう。
角川文庫では『本陣殺人事件』収録の短編『車井戸はなぜ軋る』の本位田鶴代もまた体の弱い少女。しかし、鈴子と違ってこちらは聡明。容姿についての描写はないが美少女だろうと想像する。
『八つ墓村』の里村典子は鈴子が大人になったらこうなっていたかもしれない、とよく言われるが、それにはちょっと反対したい。まあ、確かにキャラとしてはかぶるところも多い。ストーリー上では重要なヒロイン役なのに、映像化の際にはことごとくその存在が「なかったこと」にされているという悲運の女性でもある。『八つ墓村』はすごいトリックを用いているのだが、実はあまり印象に残っていない。主人公による一人称記述型なので、どうしても金田一の分析が後追いになる。その点が馴染めなかったのだろう。よって里村典子の印象も少々曖昧なのだ。改めて読み直したい作品のひとつである。
ちなみに、上記三人を横溝作品三大ヒロインと言うこともあるそうだ。
主役級のヒロインとしては、『犬神家の一族』の野々宮珠世、金田一がプロポーズらしき言葉を口にした『獄門島』の鬼頭早苗、『悪魔が来りて笛を吹く』の椿美禰子、『悪魔の手毬唄』の大空ゆかり(別所千恵子)、『女王蜂』の大道寺智子などがいる。
ほかにも重要な役としては、『白と黒』の戸田京美、『仮面舞踏会』の笛小路美沙、『悪霊島』の刑部真帆・片帆の双子の姉妹、『病院坂の首縊りの家』の山内小雪、『悪魔の手毬唄』の青池里子など、挙げていったらキリがない。
熟女も含めたらもっと増えるが、ここでは省略。因習に囚われた誇り高き女性というのも横溝作品では重要な役回りではあるのだが、やはりここでは省略。
たくさんいてもイチオシは鈴子だろうな。
まさしく薄幸の少女。
ちなみに、美少女である旨の記述は原作には一切ない。
私は横溝作品の映像化に関しては、市川崑が監督した『犬神家の一族』と『悪魔の手毬唄』、それに古谷一行が金田一を演じたTVシリーズのいくつかしか認めていない。原作から多少の変更があるのはやむをえないが、洋装の金田一、犯人が原作と異なる、重要人物をカットする、などは論外だ。原作に思い入れがある以上「別物として」捉えることは無理なのだ。
『本陣殺人事件』は70年代と80年代に古谷=金田一で2回作られている。
鈴子を演じたのは西崎みどりと牛原千恵。ともに鈴子と同じ17歳だったそうだ。
遠い記憶なのでかなりいいかげんなところもあるが、可愛らしさでは西崎みどり、存在感では牛原千恵だったように思う。牛原版は鈴子に重きを置くシナリオになっていて、そのぶん有利だったかもしれない。哀切なラストシーンは印象深い。しかし、原作の鈴子のイメージに近いのは美少女度で勝る西崎版だったかもしれない。
ちなみに、中尾彬=金田一の映画版での高沢順子は可憐さからはほど遠い。どちらかといえば妖艶? 片岡鶴太郎=金田一のTV版での小田茜は健康的過ぎる。殺しても死なないのでは。
やはり鈴子はこわれもののようでなくてはいけない。屈託なく天真爛漫で、ときおりハッとさせるような聡明さを見せる、それが鈴子である。
まあ、鈴子に関しては人それぞれ思い入れや言いたいことはあるだろう。金田一耕助を別格にすれば、鈴子は横溝作品いちばんの愛されキャラなのだから。ってホントか?
しかし、改めて考えてみると、横溝作品には主役脇役問わず、印象的な少女や女性が多い。これはあの時代のほかの推理作家にはない特徴かもしれない。
それゆえ映像映えするというのもあるのだろう。
しかし、綺麗な女優さんを連れてくればいいというわけではないのが難しいところだ。積極的に支持してもいいと思えるのは、先の二人の鈴子、映画版『犬神家の一族』の珠世(島田陽子)、TV版『獄門島』の早苗(島村佳江)、TV版『悪魔が来りて笛を吹く』の美禰子(壇ふみ)くらいだろうか。
横溝作品は本格謎解きものではあるのだが、その世界には独特の詩情が漂う。哀しみを湛えた耽美ロマンと言ってもいい。推理小説の登場人物が謎のために作られた駒ではないことを今は知っている。そして、その哀切さを誘うのが個性的なヒロインの存在なのだ。
そう考えると、やはり原作に勝るものはないということになる。今『本陣殺人事件』を読み直しているが、やはり鈴子は愛らしい。そして、どんな映像よりもヒロインとしての実像を際立たせているのが杉本一文氏の描いた鈴子だと思うのだ。
写真はオリジナルプリントと文庫を並べてみた。ずいぶん違うものだな。
ちなみに、プリントには40/50のシリアル番号が入っている。
ログインしてコメントを確認・投稿する